第20回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 彼女は二度、殺される

『彼女は二度、殺される』

浅葱惷(あさぎ・しゅん)


「生き返った……本当に……」
 べッドに寝かされていた少女の心臓は、五日前に停止している。交通事故により死亡したらしく、両親は急な別れを受け入れなくてはならなくなった。その別れに言葉はなく、ただ冷たくなった遺体を前に一方的に話しかけるだけ。それは、本当に別れを告げたと言えるのだろうか。
「二月三日。午後四時二十七分。無事、傀々裡が成功しました。よかったですね。暴れる事もなく、正常に起きてくれましたよ」
 九十九黒緒が少女の両親に優しく声をかける。結んでいない真っ黒で長い髪は動きに合わせて揺れていた。白い立ち襟シャツの首元には青いリボンを巻き、相貌の可憐さを帳消しにするような真っ黒なスーツを合わせている。黒い手袋をはめた肌の露出が少ないその姿は、会う人々に死神を印象づけるだろうし、実際にそう呼ばれている。
「あ、ありがとうございます」
 父親が黒緒に頭を下げ、その背後にいる一白夜にも頭を下げる。
鼻先まである長い前髪に手を置いて、顔を隠すように白夜は頷く。百八十センチを超える長身に陰気さが加わると、どこか不気味な雰囲気を纏わせる。黒いタートルネックに黒いタイトパンツを履いている白夜の格好は、死神の友人であるカラスのようであった。
 白夜と黒緒は福音協会から派遣された『傀々裡師』である。傀々裡師とは、死んだ人間を一時的に蘇らせる事のできる能力を持つ者の事を指しており、福音協会はそれらを管理する機関だ。
 人間は死ぬと肉体から魂が離れていく。ただ、その繋がりは肉体が滅びるか、成仏するまで切れる事はなく、雲のようになだらかに周囲を漂っている。傀々裡師はその線を繭から糸を紡ぐように手繰り、魂を一時的に肉体へと戻す事ができる。
ただ、それだけでは動かないので、生命力を与えてやらなければならない。それは生きている人間からしか与える事はできない。
通常は依頼主からもらう事になっている。今回は母親が希望し、母親の生命力を少女の線に結んで生命力を与えている。そうして、目の前の少女は動き出したのだ。
「……おと……うさん。おかあ……さん」
 少女はベッドから起き上がると、よろめきながらも両親の元へ近付こうとする。両親も少女の方に駆け寄った。それを黒緒が間に入って止める。折角の再会に水を差された父親は、不機嫌さと不安さをないまぜにした顔で黒緒を見る。
「ヒトガタは視覚、聴覚以外の感覚がないんです。その為、蘇ったばかりのヒトガタは、力加減がうまく調整できず、触れ合うのは危険です」
 傀々裡を受けた死者は総じて『ヒトガタ』と呼ばれる。死んでいるのだから人間ではない、と理解させる為に物のような名前がつけられている。
「でも……シキという人は、うまく動いているじゃないか」
 父親は恨めしそうに黒緒を見て、白夜を見た。白夜はその視線が苦手で、逃げるように前髪を手で押えて自分の視線を遮る。
 式鬼とはヒトガタが暴れた場合に傀々裡師を護衛するボディガードのようなものである。ヒトガタが暴れた場合にただの人間である傀々裡師には太刀打ちできない為、その対抗手段として同じ性能である式鬼が、一人につき一体、傀々裡師にはついている。
式鬼はヒトガタの上位互換。元は死んだ人間。福音協会の関係者、福音協会からの推薦者、希望者。それらが死んだ後、式鬼になる事ができる。
式鬼予定の遺体は肉体が腐らないように加工が施され、傀々裡をされた後に肉体の使い方について教育を受ける。動いている姿はまるで生きている人間そのもの。街中を歩いていても、死者だと気付く人間はほぼいないだろう。
好んで式鬼になるのは稀だ。蘇っても人生は謳歌できず、傀々裡師に使役される事になる。そして、一度死んだのに、もう一度〝死〟を味合わなくてはならなくなる。
なにより暴れるヒトガタと戦わなくてはならない。腕を千切られ、足をもがれても、自分に与えられた生命力が切れるか、魂の線が途切れる程に肉体を粉々にされなければ〝死ぬ〟事はできない。
感覚はないから痛みはない。しかし、生前の記憶はある為、死への恐怖、恐れは鮮明に覚えている。その恐怖を抱きながら式鬼は戦わなければならない。そうでなければ、ただの粗大ごみにされてしまう。
「それは」チラリと白夜を見る。「特別製ですから」
「じゃあ、娘も……」
「言いましたよね? 死者を永遠に蘇らせる事はできません、と」
「でも、あなたは……」
 式鬼は長く蘇っていられているじゃないか、というのがその視線から読み取れる。死者を蘇らせる前は一時的な再会なのだと理解していても、いざ蘇ると、また動かなくなる事が認められなくて駄々をこね始める人間は少なくない。黒緒は笑顔で優しく窘める。
「式鬼になってくれるのでしたら、いいですよ。ですが、あなたたちとはもう二度と会えません。協会の所有物になるので」
「しょ、え?」
「それが決まりなので。通常の生活には戻れません。だって、式鬼はただの道具ですから。ヒトガタよりも重要性のないただの物なんです。ヒトガタが暴れた時に対抗する、いわば銃やナイフのようなもの。壊れれば捨てる。使い捨ての道具なんですよ」
黒緒はマジックを見せた後のマジシャンのように両手を広げた。両親は不快感を露わにしている。黒緒は気にせず言葉を続けた。
「そして、傀々裡師の奴隷でもあります」
「奴隷……」
「あなたの娘さんも、そうなってほしいんですか?」
 父親はクッと唇を噛んだ。そんな事は望んでいないのだ。黒緒だってわかっている事だろう。だが、言葉をやめない。
「娘さんはすでに死んでいます。肉体が腐り、やがてはなくなるのです。それが自然の摂理。摂理を捻じ曲げれば魂にどんな影響が出る事か。式鬼から解放された後、この子に待っているのは、悲痛な〝死〟のみですよ。あなたたちの感情で、まだ娘さんを苦しめたいんですか?」
 なだらかな声はとても怒っているようなものではなかったが、言葉だけを取れば、自分たちの感情を優先させて式鬼にするなんて最低だ、と咎めている。

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