第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み セブンアイランド

 第二章

 船内にアナウンスが流れ、浅い眠りから目を覚ました。 どうやら到着が近いらしい。
 おがさわら丸にはレストランやシャワー室のほかにカラオケまで用意されていた。それだけ聞くと豪華に思えるかもしれないが、二等船室という最低価格のチケットは、雑魚寝部屋が用意されているだけで、各人が使えるのは毛布一枚と枕のみ。一人あたりのスペースは一畳あるかどうか。これが二、三時間の船旅であればさほど気にならないだろうが、二十五時間半ははっきり言って苦痛だった。
 暇つぶしに持ってきた本は酔いを誘うだけですぐにやめ、昼寝をしても全く時計の針が進んでいないことに嫌気が差した。結局、食事とシャワーとトイレ以外の行動はほとんど取らなかった。夜中もなかなか寝付けず、デッキへ出て風をあたりにいった。どこからどこまでが海か空か分からない黒い景色の中、船は低いエンジン音を上げて進んで行く。もう色のついた景色を見ることはできないんじゃないかと錯覚してしまうぐらいだった。
 そんな長い時間もようやく終わろうとしている。船内の乗客たちは、我先にとデッキを目指したり、荷物をまとめたりしている。
 一度、島の全景でも見ておくか。
 デッキに出た途端、暖かい風が頬を撫でていった。黒かった海は濃い青へと変わっている。船が進む先には島の影が小さく見えた。
 やっと船から解放されるのはいいが、新しい生活がすぐそこまで迫ってきている。
 早く着いてほしい気持ちと、新しい生活が始まることへの不安が入り混じり、自分の心なのになんとも複雑すぎて困る。
 僕と同じように外に出て来た人たちは、島のほうを指差して、はやる気持ちを抑えられない感じだった。
「午後はダイビングだったよね」
「その前に腹ごしらえしたいな」
 大学生らしき男女グループの話し声が耳に入ってきた。彼らのお喋りが聞こえない位置まで移動する。別に羨ましくなんてない。だが、気分が削がれてしまったのは事実で、船内へ戻ることにした。
 船の揺れが落ち着き、父島上陸のアナウンスが流れる。ほかの乗客に続き、桟橋に降りた。
 港には多くの人が待ち構えていて、その誰もが笑顔で手を振っていた。船内ではずっと一人きりだった僕も、ここからは迎えの人間と合流する。今日は島内を案内でもしてくれるのだろうか。
 プラカードを掲げた人たちは、人種が違うんじゃないかと思うくらい肌が黒い。逆に、現地の人が色白だったらと想像すると、せっかくの気分が削がれそうではある。
 現地の人々は旧来の友人に再会できたかのように、満面の笑みで乗客たちを迎え入れている。僕はすっかり恋しくなっていたコンクリートの感触を踏みしめながら、その人だかりをチェックした。ざっと見てみたところ、僕の迎えらしき人物はいない。
 一人、また一人と現地の人たちは客を連れて港から消えていく。そんな光景をぼんやり眺めていると、すぐに人の波が落ち着いた。僕の迎えは、まだ来ない。
 ――港に着いたら迎えの人間が来てくれますので。
 人事課の人間は確かにそう言っていた。僕は僕の記憶を疑わない。
 暖かい気候の文化ゆえ、多少時間にルーズなところはあるかもしれない。あともう少し待とう。支庁では時間の概念に違いがあるかもしれないなと、これからの仕事をするにあたって念頭に入れておくべきか。
 小笠原支庁には電話をしてみたが、自動音声が流れるだけだった。休日とはいえ、さすがお役所だ。僕は俯いて盛大にため息をついた。
 陽射しを避けるため木陰に移動し、海を眺めるのに飽きた後は、ぼんやりと空を眺めた。
 遮るビルはなく、青い空にゆっくりと流れる白い雲が見えるだけ。先行きは不透明だが、見える景色は悪くはなかった。誰にも邪魔されることのない空間が、この島にはあるかもしれない。
 時折飛んでいく鳥は、都会のそれよりも自由に見えた。
「小笠原サン、ですか?」
 急に声が聞こえてきた。視線を上空から戻すと、僕の目の前には部活少女という表現がよく似合いそうな、陽に焼けた女の子がいた。

つづく

通過作品一覧に戻る

ページ: 1 2 3