第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み セブンアイランド

『セブンアイランド』

松本央輔(まつもと・おうすけ)35歳
1984年生まれ。
システムエンジニア、地方公務員を経て現在は大学職員。


 第一章

 パソコンの概念を説明するときに、僕は例え話をよく使っていた。CPUは人間、メモリにあたる部分は作業台、ハードディスクは本棚。
 作業台はともかく、本棚は大きいほどいいというわけでもないよな、と僕は思う。それこそ僕の頭をパカッと開けることができるのならば、一度全ての本を引っ張り出して必要な本だけ整理したいと思う。
 僕の頭の中には無駄な情報が多すぎる。

「なるほど。分かりやすくていいな、その例えは」
 課長のニヤニヤした視線を感じながら僕は画面から目を離さないように意識した。
「それは良かったです」前にも同じ話をしたのだが。
「だったら最近のパソコンは、本棚が図書館くらいないとおかしいわな」
 パソコンの操作方法を課長に毎日のように聞かれ、つまらない冗談を返してくることに飽き飽きしてしまっている。
 ほかにも仕事をしている上で不満を感じる場面はいくつもあるが、なんとか無事に僕の社会人一年目が終わろうとしていた。
 来年度からおそらく配属されてくる新人のことを、僕は少なからず意識していて、どこか楽しみにもしていた。
 ――それなのに、こんな仕打ちを受けることになるなんて。

 思い返してみると、なんとなく伏線染みたものはあった。あれは人事考課の面談を課長としていたときなので、昨年十二月のことだ。
 無駄に広い会議室の端で課長と向かい合い、部屋中の空気に押しつぶされるような錯覚に陥りそうになる。
「小笠原(おがさわら)はよく頑張ってると思うぞ」
 事前に提出していた面談用シートに軽く目を通した課長は、ニコリともせず、いたって真顔で僕のことを見てきた。
「はあ。どうも」
「ただな、お前さんはもう少し人情とやらを身につけたほうがいいと思うぞ」
「どういう意味ですか?」
「人との付き合いが表面的すぎるというか、要はみんなに心を開いとらんだろうお前は」
「仕事に支障は出ていないはずですが」
「それはそうなんだがな」
 僕は知っている。同僚やほかの課の人間まで僕のことを「機械人間」と呼んでいることを。
 充分自覚はあった。だけど、最低限の人付き合いを心がけている僕にとって、どうでもいいことだった。誰も傷つかなければそれでいいじゃないか。
 ――そして、ついさっきのことだ。今年度予算の執行状況をチェックしていると、隣の同僚が僕の顔を覗きこんできた。
「おい、小笠原。掲示板見たか?」
「いや、見てないですけど」
 ニタニタした目つきの彼に促され、僕はグループウェアの掲示板にアクセスした。
 未読になっていたのは二件だけ。そのうち一件は人事課発信の「人事異動のお知らせ」というタイトルだった。おそらくこのことを言っているのだろうなと思い、僕はそのリンクをクリックした。
 東京都職員である僕の職場では、この三月末の時期、人事異動が毎年多く発生する。異動は頻繁にあるのが公務員の特徴だろう。大体の人間が一つの職場に四、五年程度在籍していれば、次の年は異動だろうなと予感する。もちろん例外はあるが、まだ職員になって一年目の僕の場合は、あまり関係ないことだと思っていた。
 同僚を横目に、表示されたリストをスクロールする。同じ課の誰かが変なところに飛ばされたのだろうか。財政課のページに辿りつき、連なっている名前を眺めた。
「お、見つけたか?」
 手が止まった僕に彼は問いかけてくる。そこにあったのは――僕の名前だった。
『小笠原 洋一郎(よういちろう)   小笠原支庁土木課』
 目を疑うが、そこにあるのは紛れもない僕の名前だ。
「ウケるよな。小笠原が小笠原支庁に行くんだもんな」
 何がウケるだ。僕は心の中で隣の同僚に毒づくも何も発せない。

 すぐに課長席に行き、どういうことかと問いただした。
 課長はしどろもどろになりながらも、「人事が勝手に決めたことだしな」と言い残し、そそくさと席を離れてしまった。
 人事課から課長にヒアリングがあったに違いなかった。うまく同僚とコミュニケーションを取れていない僕が邪魔者扱いされていたのは自覚していた。だが、そうだとしても、こんな南の島まで飛ばす必要があるか? せめて都内の出先機関とか、いくらでも選択肢はあったはずだ。

 これは、明らかにイジメだろう。
 しかも、内示もなしに掲示板で初めて知ったことも僕の苛立ちに拍車を掛けていた。別に僕はコミュニケーションを取ることが苦手なわけじゃない。余計な情報を貰いたくないだけだ。
 仕事上、必要となれば自分から話しかけに行っていた。確かに機械的に訊きたいことだけ伝えるのは、コミュニケーションとしては不正解かもしれない。だが、無駄な時間を取るほうがよっぽど罪だと僕は考えていたし、そういう僕の姿勢に理解を示してくれている人も少ないが、いないわけじゃなかった。結果的に効率良く業務を進め、ほかの同僚の倍の仕事量はこなしていたと自負している。
 それなのに、この仕打ちか。実績を出していも、結局は上司に好かれる者が出世していくこのシステムは、日本というこの国の癌でしかない。民間はどうか知らないが、少なくとも公務員のいる組織なんてどこもこんなものだろう。
 
 実力主義バンザイ! 年功序列なんて癌だ、癌!

 ――と、心の中で唱えるも、誰かにこの怒りを直接ぶつける勇気はなかった。
 席に戻ると隣の彼はニヤニヤしながら、「そういや知ってるか? 小笠原支庁のヘンな噂」と話しだした。
「なんですか?」
「つい最近まで小笠原支庁に赴任していた人がさ、『あの島はなんだかおかしい』って言ってるんだってよ」
「全然具体的じゃないから分からないですね」
「だろ? 誰もいないのに声が聞こえてくるとか、車が空を飛んでいるところを見たとか」
 南国の島を颯爽と飛ぶ車のイメージが頭に浮かんだ。それはなんだか近未来的で、どちらかというと楽し気な雰囲気はある。
「酔っぱらっていて、ただ勘違いしただけじゃないですか」
「そう思うよな。こっちの人間は誰も信じてないみたいだけど、どうも前に行った人は結構真面目な人で、そんな冗談を言う人でもないらしいんだよな」
「それで気が病んでしまって、赴任予定が短くなって突然僕に声がかかったってことですか」
「話が早いな。突然の人事には間違いなく訳ありの事情はある。まあ、そうは言ってもただの勘違いだろうから、気にせず南の島を満喫してこいよ」
 この人は、僕を脅したいのか励ましたいのか。

ページ: 1 2 3