第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 赦しのサクラメント

――話を進めましょう。ここからは、会場のみなさんも議論に加わっていただきたいと思います。六人のゲストにご質問のある方はいませんか。
 この展開は聞いていない。若槻の脳内に不安と不審の種が芽を出した。
――お三方から手があがりました。では、グリーンのジャケットを着た、はいそちらの男性。
 最前列に陣取っていた三十代の男がマイクを受け取った。
――所沢市から来ました小泉です。冤罪事件が引き起こすトラウマの問題に関心があります。赦しのサクラメントでは関連した事例はありますか。
――西園寺さん、いかがでしょう。
 司会者が促した。
――質問の意味がわからないのですが。
――冤罪事件で不当に逮捕された人物。つまり別の意味での「被害者」から懺悔を受けたことはあるか。という質問です。
――クライアント情報は公開できかねます。
――無実の罪で拘束された元服役囚は、心に大きな傷を負っています。西園寺さんにもご想像いただけると思いますが。
――お辛いでしょうね。
――彼らの傷と向き合うことも、赦しのサクラメントのビジネスドメインと考えていいでしょうか。
――来るもの拒まず、が弊社のモットーです。
――だったら、佐藤喜一さんを診てあげてくださいよ。
 片岡が口をはさんだ。若槻は嫌な予感がする。
――佐藤さんは無実の罪を押しつけられ、心に深い傷を負っています。是非、お願いします。
 グリーンのジャケットがいった。
――無実の罪と決まったの? ちがうわよね。「つくば市親子殺人事件」の再審請求が認められただけでしょう。
 帰国子女がいった。
――何をいうんですか。新たな証拠が見つかった以上、佐藤さんが殺人犯のはずはない。
――落ち着いていきましょうよ。無罪か有罪か。それはは今度の裁判で決まることです。
 副業弁護士が小泉を軽くいなした。
――赦しのサクラメントで懺悔をさせたら、真実がわかったりしません?
 しゃしゃり出たのは証券会社の若手社員だ。個人秘書ドットコムとかいう、女子大生を経営者に斡旋する会社を副業で営んでいる。
――ヤマトテレビのアンケートによれば、佐藤さんの有罪を支持する人と無罪を支持する人の割合はほぼ半々です。実に興味深い現象だと思いませんか、西園寺さん。
――さあ、どうでしょう。
――懺悔を聞いてあげてくださいよ。できたらこのスタジオで。
――お断りします。
――なぜ?
――片岡さんはわたしに警察のかわりをさせようとしていませんか。
――まさか。十年以上も不当に拘束された佐藤さんを、苦しみから救ってほしいと願うだけです。
 よくいうわね。小泉とかいうアンチャンもサクラテレビのやらせじゃないの。若槻は本気で疑いはじめている。
――冤罪事件の元死刑囚と会うのがこわい?
 令和の女衒は引っこんでな。女子大生の斡旋稼業など女衒と変わらない、と若槻は見ている。
――冤罪と決まったわけじゃないでしょう。
 弁護士がいった。
――冤罪か、それとも濡れ衣か。西園寺さんは誰より早く知ることができるのよ。
――そうよ、そうよ。引き受けちゃいなさいよ。
――冤罪も濡れ衣も同じ意味ですね。
 作家が帰国子女のいいまちがいを指摘した。
――来るもの拒まず、の看板をおろすとおっしゃる?
 司会者がいった。
――おろすとはいってないです。
 リビングルームに鎮座するハイビジョンテレビは、西園寺重信の乾燥肌を映し出した。
――心に深い苦しみや悩みを抱えた老若男女が、赦しのサクラメントを訪ねています。西園寺さんに胸の内を打ち明ければ、苦悩はたちどころに雲散霧消する。そんな評判が評判を呼び、門前市をなす状態だとか。
――おかげさまで。繫盛しております。
――これまでも患者さんを断ったことはあるんですか。
――先ほどから申しあげているように患者ではありません。弊社ではクライアントとお呼びしています。
――あ、そう。で?
――お申しこみがあれば、どのクライアント様にも同じ対応をさせていただいています。
――佐藤喜一さんは尋常じゃない苦悩を抱えていらっしゃるはずです。彼だけ拒絶するのはなぜかなあ? 三木さんが指摘したように、死刑囚と会うのがこわいとか?
――こわい?
――こわいから拒絶するんでしょ?
――わたしがいつ拒絶するといいましたか。
 西園寺さん、落ち着いて。そいつの土俵に乗っちゃだめ。まず、深呼吸よ。若槻は西園寺を諭すように、みずからも深呼吸を試みた。
――ほう、なるほど。でしたら……
――わたしには警察のかわりはできない。と申しあげているだけです。
――つくば市親子殺人事件の真犯人を捜してくれ。とはいってないですよ。無実の罪で十年間も刑に服してきた、佐藤さんの心に刺さったままの棘を取り除いてさしあげてはいかがですか。かようにご提案したまでです。
――片山さんは警察にできなかったことをわたしに代行させようとしています。ちがいますか。
――まさか。それは誤解です。仮釈放とはいえ、佐藤さんはとりあえず自由を取り戻しました。しかしながら今でも世間から白い目で見られています。彼の苦悩は今も続いているのです。西園寺さんには共感できないのですか。共感はお得意なんでしょう。
 よくいうわね。世間とはあんたたちマスコミを指すのよ。若槻はリモコンをテレビにぶつけたくなった。
――赦しのサクラメントなんてたいそうな商売をはじめたけれど。本当に悩んでいる人間を救えないなら、商売替えをすべきだといわれたらどうしますか。
 あんた、いいすぎだろ。若槻は腸が煮えくりかえる思いだ。西園寺の顔色も変わった。
――いえいえ、ツイッターの書きこみですよ。でも、西園寺さん。この書きこみにはどう応じます?
――わたしはツイッターをやっていません。
――だから?
――ツイッターのつぶやきに対し、一つ一つ応じるつもりはない。ということです。
――直接いわれたら応じる?
――まあ、そうです。
――では、この片山茂が直接お訊ねします。冤罪事件で不当に有罪の判決を受けた佐藤喜一さんを深い苦悩から救う力があるのに、あなたは敢えてそれをしようとしない。なぜ、逃げるのですか。
――逃げる?
――逃げずに佐藤さんの苦悩と向き合っていただけますか。
――それは……

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