第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 楽しい修羅場の歩き方

「由乃くん、こちら下田さん。お花屋さんよ。下田さん、こちら今日から家庭の事情で一緒に暮らす事になった親戚の由乃くん」
 おしゃれなレストランで、ニコニコしながら小夜子さんが僕を目の前に座る男の人に紹介した。
 小夜子さんの手にはさっき下田さんから贈られた赤いバラの花束がある。
「えっと、初めまして……」
「う、うん、初めまして……」
 僕と目の前にいる男の人、下田さんの間に気まずい沈黙が流れる。
「ごめんなさいね、今日由乃くんが来るって、うっかり忘れてたの。まさか小学生の子を同居一日目でいきなり放って出かける訳にもいかないでしょう?」
 嘘だ。
 僕が今日小夜子さんの所に来る事は一週間前からわかっていたはずだし、前日から僕が待ち合わせ場所に向かう直前までちゃんとやりとりをしていた。
 用事があったなら事前に時間や日にちをずらす事は出来たはずで、つまりこの人はわざとやっている。
「そ、そうだね……」
 下田さんの笑顔が引きつっている。
 これ、多分デートだったんじゃないかな。
 悪いとは思うけど、僕もまさか両親に待ち合わせの駅まで送ってもらって小夜子さんに合流したと思ったら、そのまま小夜子さんのデートに同行させられるなんて思いもしなかった。
「……じゃあ、由乃くんは夏休みの間はずっと小夜子さんの家にいるのかな?」
「ええ、あと八年くらいは私が預かる事になってるわ」
「は……? なんでそんな事になっているんだい」
 気を取り直したように尋ねてきた下田さんは、小夜子さんの言葉に驚いたように目を見開く。
「親戚の中で、由乃くんを預かれるのは私しかいなかったんだもの」
 しんみりした顔で小夜子さんが言うと、下田さんはそれ以上僕について何も言わなくなった。
 ……嘘は言ってないけど、その言い方だと与える印象が実際の僕の状況とかなり違うような気がする。
 毎週休みの日にはお父さんとお母さんが会いに来てくれる事になってるし、元の学校の友達ともスマホアプリで連絡取り合ってる。
 それに、オンラインゲームで時間を合わせて頻繁に一緒に遊んでいる。
前住んでた所も車だとすぐだから、その気になれば車で送ってもらって、またいつでも直接会って遊べる。
 要するに、引っ越しと聞いて最初はもう両親や友達と完全に会えなくなるのかと思ったけど、別にそんな事はなかった。
「随分、急な話だね」
「急に決まった事だもの」
「まあ、今日は美味しい料理を食べて行ってくれ。由乃くんも好きなものを頼むといい」
 気を取り直したように下田さんが言う。
 それから僕達にメニューが配られたけど、メニューは名前だけで写真も値段も書いてなかったから、とりあえず小夜子さんが頼んだのと同じのにしてもらった。
 少しすると何度かに分けてサラダやスープが運ばれてきた。
 コース料理というものらしいけど、左右に色んな形や大きさのスプーンやフォークやナイフが並べられていて使い方がわからない。
 料理が運ばれてくると、
「由乃くん、ナイフやフォークは外側から使うのよ。前菜はコレとコレを使って食べるの。今日はまず私が先にお手本を見せるから、由乃くんは真似して食べてみてね」
 と言って小夜子さんが実際に食べて見せてくれたので、なんとか食べられた。
「少し痩せたんじゃないか? どうせまた例の完全食とやらだけで食事を済ませているんだろう。君は普段から食が細過ぎて心配だ」
「体重は変わってないわ」
「それに、シャンプー類を変えたようだが、前の香りの方が好きだ。この後一緒に買いに行こう」
「別にシャンプーは変えてないわ。ボトルが古くなってきたから買い換えはしたけれど」
 食事中、下田さんと小夜子さんが色々話していたけれど、僕は慣れないナイフとフォークで料理を食べるのに忙しくてあまり憶えていない。
「しかし、今後結婚の事を考えると、せめて由乃くんについては事前に相談して欲しかった……」
 だけど、下田さんの一言に僕の手は止まる。
 それは……確かに二人が結婚を考える関係なら、これからしばらく一緒に暮らす僕の存在は、邪魔だろうだろうけど。
「そもそも、私達付き合ってすらないじゃない」
「今は、な」
 いや、付き合ってないの!?
「結婚の予定もないわね」
「そのうちできるさ」
 まだ付き合ってすらないのにそんな自信満々に結婚の予定だとか、小夜子さんの食生活とかシャンプーについて口を出してたの!?
 僕の中で下田さんに対する認識が180度変わる。
 なんで小夜子さんはわざわざこの人と食事に来てるの……?
「相変わらす下田さんは鋼の心を持ってるのね~」
 メインディッシュの口の中に入れたら溶けるように消えていくステーキを食べながら、小夜子さんは明るく言う。
 小夜子さんも相当な鋼の心を持っている気がする。
 結局、その日はお昼ご飯を三人で食べただけで解散になった。
「……ねえ、僕が今日小夜子さんの所に来るのは前からわかってたよね。なんであんな風に言ったの?」
 デート? の帰り道、僕は小夜子さんに手を引かれながら尋ねる。
「だって、その方が都合が良いもの」
「都合が良いって?」
「下田さんに私が面倒くさい奴だってアピールしたかったの。普通に断っても通用しない相手なら、向こうから離れていってもらおうと思って」
 あっけらかんと小夜子さんは答える。
 つまり、小夜子さんは断ってもしつこく付きまとってくる相手を遠ざけたかった?
「というか、下田さんって、小夜子さんとどういう関係の人なの?」
「うーん、友達の友達? 他の子も一緒に遊びに行った後、デートに誘わるようになったの。好みのタイプじゃなかったから適当に断ってたんだけど、友達に一回だけでもデートしてあげてって頼まれて了承したんだけど、直前のやりとりで妙に盛り上がってたから」
 まさかの今日が初デートだった!
「それは、普通にデートを断るとかじゃダメなの?」
「一回だけでいいから、どうしてもって頼まれたから、高級マカロン詰め合わせに免じてお昼に会うことにしたの」
「へ、へえ……」
 よくわからない世界だ。
 これが大人の世界なのか。
「それに、かなり盛り上がってる人をいきなり拒絶しても、逆上して悪意あるストーカーさんになったり、根も葉もない噂を流されたりなんて嫌がらせをされる可能性もあるわ」
「ええ……」
 理不尽過ぎない?
「でも、下田さんは小夜子さんが好きだからデートに誘ったんじゃないの?」
「強い好意はちょっとしたきっかけで強い嫌悪に変わりやすいのよ。だから由乃くんもその辺は気を付けないと、将来、色々こじらせた顔見知りにある日突然、無理心中させられてしまうわ」
「何そのピンポイントな警告」
「実体験よ。困っちゃうわね」
「えっ」
 からかうように言ってくる小夜子さんに僕が尋ねると、予想外の言葉が返ってきて思わず僕は立ち止まる。
 それに合わせて、手を繋いでいた小夜子さんも足を止める。
「困るけど、相手も人生が狂ってしまって可哀想だわ」
 物憂げな顔をして小夜子さんが言う。
「私があまりにも魅力的なばっかりに……」
「う、うん?」
 なに言ってんだこの人。
 この時、ようやく僕は目の前にいる綺麗なお姉さんに明らかな違和感を感じた。
 だけど、この違和感を上手く言葉にできない。
「だから、できれば相手が怒りださないギリギリの、怒ったら相手が悪者になるラインでめんどくささを演出して、勝手に向こうから冷めてくれるのを待つのが一番安全なのよ」
「でも、そのギリギリのラインで相手がキレちゃったらどうするの」
「その場合はすぐに共通の知り合い達へ根回しをすることで、相手をコミュニティから追放する口実にするわ。一度はデートもして友達の顔も立てた訳だし」
 もらった花束をがさがさとまさぐりながら小夜子さんが言う。
「盗聴機や発信機は無いようね。由乃くんも人から物をもらったら変なものが仕掛けられてないか家に持ち帰る前に確認してね。あと、何が入ってるかわからないから、食べ物にも注意してね」
 なにそれ怖い。
 さらっと自然に小夜子さんはプレゼントの危険性を教えてくるけど、その自然さが慣れを感じさせる。
 何者なんだこの人は。
 理不尽な出来事に遭っても、相手の事を思いやるというのは、立派な事だと思う。
 実際、小夜子さんは美人だし、魅了体質な事もあって、それが原因でトラブルに巻き込まれる事だって多いんだろう。
 だけど、なんなんだ。
 このしっくりこない感じと、妙な既視感は。

 前にも同じような事があったような?

つづく

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