第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 楽しい修羅場の歩き方

「なんで僕が魅了体質だと、その人にお世話になるの?」
「うちの一族では魅了体質の人間は、そうとわかった時点で同じ魅了体質の大人に十八歳になるまで預けられるしきたりなのよ」
「初めて聞いたんだけど!?」
 そもそも、魅了体質についてもこの時に初めて聞いた。
「あまり一族の人間以外に話すような事じゃないから、魅了体質については魅了体質が発現した本人以外には、分別の付く歳になるまで黙ってる事になってるのよ。厳密に守らないといけない掟という訳ではないけれど」
「小夜子ちゃんも由乃くらいの頃は、ばあちゃん……由乃からするとひいおばあちゃんの所に預けられていたんだ」
「まさか僕、今日挨拶に行ってそのままその人に預けられるの……?」
「ははは、そんな訳ないだろう。転校の手続きとか他にも色々あるし、由乃を預かってもらうのは夏休みが始まってからだな。二学期からは新しい学校だ」
「夏休みからって、あと一週間も無いんだけど!?」
 そんなに急に決められても困る。
 友達にだって、なんて説明したらいいんだ。
 呆然とする僕をお母さんが車に連れ込む。
「最近、学校の近所で由乃の事を聞いて回ってる不審者が複数目撃されたって話もあるし、ちょうどいいだろう」
 車に乗り込んだ時、お父さんが言った。
「えっ……」
 なんだそれ。
「魅了体質の人間は知らないうちに好かれ過ぎてしまう事がある。魅了体質にはさっき言ったような良い面もあるけど、同時に知らないうちにトラブルに巻き込まれてしまう事もある」
 お父さんの声が急に低くなる。
「今朝のニュースでも、ストーカー殺人が取り上げられていただろう」
 急に胸の奥が冷えていくような不安に襲われる。
「それをできるだけ回避できるように、同じ魅了体質の大人にいざという時の対処法や日常での振る舞いを教わるのが、由乃を小夜子ちゃんに預ける目的だ」
 その話を聞いて、僕は急に寒気がした。
 いままでうっすら感じていた薄気味悪さや、ぼんやりとした恐怖が、急に具体的な形で僕の前に正体を現したからだ。
 愛され体質どころか、もう呪いじゃないか!
「あの……もし、ちゃんと教わらなかったらどうなるの?」
「まあ、今までも魅了体質が発現した時、身内に存命している魅了体質の人間がいなかった場合もあったらしいが……」
 そこまで言って、お父さんが口ごもる。
「詳しい人が近くにいないと、魅了体質が発現したばかりの若い時に色々対処を間違えて大変な事になりやすいから、こうする事で圧倒的に生存率を上げる事ができるのよ!」
 だから大丈夫! と隣に座ったお母さんが僕の背中を軽く叩く。
「圧倒的に上がる程、元々の生存率低いの……?」
 全然大丈夫に聞こえないんだけど!?
 じゃあ、もし僕がその小夜子さんに気に入られなくて放り出されたら結構な高確率で死ぬって事!?!?
「そうは言ってもひいおばあちゃんが若い時も他に存命中の魅了体質の人はいなかったらしいけど、大往生だったから平気よ」
「そ、そうなんだ」
 微かな希望が見えて、僕はちょっと落ち着く。
 お父さんとお母さんはいとこ同士で結婚したから、二人のおばあちゃんは共通だ。
 確か、僕が小さい頃に死んだらしくて、会った事も無いけれど。
「ええ、直前にひいおばあちゃんを巡って本家のお屋敷で情痴殺人や乱闘、遺体や遺品の争奪戦が起きた時はびっくりしたけど、ひいおばあちゃん本人は老衰で家族に見守られて安らかに息を引き取ったわ」
「えっ」
 情報量が多すぎて理解が追いつかない。
 まるで常に選択を間違えたら死ぬアドベンチャーゲームを強制的にやらされているみたいだ。
「介護されるような歳になっても、ひっきりなしに二十代の介護職員さんや資産家のおじいさんに結婚を申し込まれたりしてると、やっぱり羨ましく思っちゃうわね」
 うっとりした様子でお母さんが言う。
 そこはうっとりする所かなあ?
「普通に怖いよ……」
「だから、小夜子ちゃんに色々勉強させてもらうのよ」
「わけがわからないよ」
 そんな話をしているうちに、車は小夜子さんの住むマンションに着いた。
 エントランスでお母さんが呼び鈴を鳴らして少し話すと、オートロックの自動ドアが開く。
 ドラマに出てくるような大きくて綺麗なマンションだった。
 小夜子さんのお父さんが不動産会社をやっていて、このマンションを管理しているそうだ。
 マンションの最上階の部屋に小夜子さんは住んでいるらしい。
「叶(かな)姉ちゃんも健兄ちゃんもいらっしゃい。由乃くんも大きくなったわね~」 
 部屋の前の呼び鈴を鳴らして中から出てきたのは、まるでよく出来たリアル風のCGモデルみたいな女の人だった。
 さらさらして長い黒髪に、肌は真っ白で発光してるような気さえする。
 黒目がちな瞳が印象的なその人は、液晶画面からそのまま抜け出てきたみたいだ。
 実はもう百年以上生きてる吸血鬼ですと言われても信じてしまいそうな現実感の無い雰囲気のその人は、僕と目が合うとニッコリと笑う。
 心臓が跳ねる。
 何か話さなきゃ。
「えっ、えっと、初めまして……」
 緊張しながらどうにか絞りだした声は自分でもビックリする程、小さくて頼りなさそうだった。
 小夜子さんも、不思議そうな顔で僕を見ている。
 なんだか恥ずかしくなって、僕は下を向く。
 顔が熱い。
「……久しぶりね。さ、入って入って」
 頭の上から明るい声が聞こえて、後ろからお母さんに押されて僕は家にあがる。
 その後の事は、あまりよく憶えてない。
 小夜子さんのまつげが長かった事と、ピンク色の唇がツヤツヤしていた事、帰り際に笑顔で「来週からよろしくね、由乃くん」と言われたくらいしか憶えてない。
 気がついたら僕の両親と小夜子さんの間で打ち合わせが終わっていて、僕は来週から小夜子さんと一緒に暮らす事になっていた。
「ねえ、僕って小夜子さんと小さい頃よく遊んでたの?」
 帰りの車の中、どこかふわふわした心地で僕はお父さんとお母さんに尋ねた。
「親戚の集まりで本家のお屋敷に行った時はいつも小夜子ちゃんにくっついて回ってたわね。大きくなったら小夜子ちゃんと結婚するんだって言ってたの憶えてない?」
 不思議そうにお母さんが聞いてくる。
「えっ、けっ、結婚!?」
 全然憶えてない。
 でも、小夜子さんみたいなお姉さんにいつも遊んでもらえたなら、きっと好きになってた自信はある。
「小夜子ちゃんはひいおばあちゃんが死んでから、立て続けに色々あったからな」
「色々?」
 お父さんの言葉に僕は首を傾げる。
「まあ、色々だよ。それより今日はこのまま外食にするけど、何が食べたい?」
「お母さんはお寿司が食べたいわ~、ゆーくんもお寿司好きでしょう?」
「好きだけど……」
「それなら家に帰る途中にあるな、そこにしよう」
 気付いたら、話は晩ご飯の話題になっていて小夜子さんの事はあんまり聞けなかった。
 だけど、昔の話を聞いてしまうと、小夜子さんは僕の事をどう思っているのか気になる。
 晩ご飯を食べて家に帰ると、僕はカレンダーに小夜子さんと一緒に暮らし始める日に印を付けた。
 そして、今日の日付に×印を付ける。
 小夜子さんの家に行く前は不満だらけだったのに、帰りは小夜子さんと一緒に暮らすのが待ち遠しかった。
 今になってみれば、完全に浮かれていた。
 よく憶えてないけど、多分僕の初恋の相手だろう小夜子さんとの二人暮らしに漠然とした夢を見ていたんだと思う。

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