第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 悪魔の取り分

『悪魔の取り分』

柊悠羅(ひいらぎ・ゆら)20歳
1999年生まれ。大学生。


 プロローグ

 人は案外簡単に死ぬ。二年前もそうだった。知っていたはずだ。だが、人間は都合の悪いことは知らないように、気づかないように、避ける。
 テレビを見れば、『極寒の山から奇跡の生還』だったり、『絶体絶命の事故を生き延びた奇跡の男性』などというにわかには信じがたいノンフィクションが垂れ流されているが、そんなことは言葉通り奇跡だと、この世は現実を突きつけてくる。
 つい一月前、朝まで珍しく飲み明かした友人は、涼しい顔をしてさっさと旅だった。

 焼香を額に近づける。匂いは好きだが、虚しさだけが尾を引く。佐倉健人は喪主に軽く頭を下げた。
 『故 橋本修平 儀 葬儀式場』の看板と、入っていく見知った者たちの曇り顔を見たときは、ふざけたドッキリなどではないのだろうと、初めて実感が湧いた。
 橋本は大学時代からの友人だ。自己中心的で人から恨みを買いやすい性格だったが、面白い奴だった。不謹慎な物言いは度々注意したが直らなかった。最近はそれも彼のアイデンティティーの一つだと、周りが諦めた程だった。罰でも当たったんじゃないか、そんな不謹慎な言葉が口から出そうにもなったが、今は故人を偲ぶべきだ。また日をおいて友人と集まったときにでも笑い話にしようと思った。
 最近の葬儀は簡略化され、家族葬が主流になってきたと聞いていたが、橋本家はその流れとは反していたようだ。周囲を見渡せば、大学時代の友人に彼の高校時代の友人、勤めている会社の関係者とおぼしき人もいた。
 冠婚葬祭は無駄に長いと正直思うが、今日は何故か短く感じた。膨大な仕事のことを頭の片隅で考えていたからというのもあるだろうが、やはり仲の良かった友人を亡くしたことは、気づかぬところで佐倉の心を抉っていたのだろう。
 気づけば出棺の時間だった。
「一度顔を見てあげて」
 喪主である橋本の母から声を掛けられ、佐倉は頷いた。時折会う度に老けることがないなと思っていた橋本の母だが、流石に今日はやつれたように、老けたように見えた。
 橋本の顔を覗いた。よく周囲から色黒を羨ましがられていた男の顔とは思えなかった。
「柄にもなく静かだな、今日は」
 ふと零れた声に、橋本の母は涙を流した。流石に佐倉も視界がぼやけた。
 焼かれた後、体格が良かった友人が、両手で抱えるほどの壺に収まっている光景は面白くもあったが、やはり笑えない冗談だと思った。
 精進落としはそれに比べて華やかだった。皆が久々に会う旧友などと昔を語り合う。そんな光景が散見された。こうして大人数で食事をすること自体が懐かしかった。
「お母さん、大丈夫ですか?」
 佐倉はその輪に入る前に、まず橋本の母のところへ向かった。橋本と会ったのは一月前だったが、その母と会ったのは大学以来だから実に五年ぶりだった。
「ありがとう。ごめんなさいね、年明け早々こんなことになって。相変わらずうちの修平とは違って落ち着いてるね」
 少し申し訳なさを感じた。
「あ、ごめんね、嫌味みたいで、そんなつもりはないの。変わらない人やものがあるのは良いことだから」
 この言葉が全てだろう。人は変化を恐れる。
「いえ。それで、不躾なことを聞くんですけれど、修平はどうして?」
 橋本は佐倉と同い年だから今年度で三十歳になる。お互いまだ誕生日は来ていない早生まれなので、厳密には二十九歳だ。
 少子高齢社会の現代において流石に早死に過ぎるだろう。橋本の母は顔を曇らせた。
「それが、インフルエンザ脳症で」
「え……馬鹿な」
 そんな言葉がつい出てしまうほどに、佐倉は驚いた。そんな話聞いたこともなかった。
「修平はまだ二十九です。インフルエンザ脳症で死に至るなんてありえない」
「私もそう聞いたわ、お医者さんからは」
 それに、そう橋本の母は続けた。
「修平、脳症で倒れる前の数日間音信不通だったの。行方もわからなくて。もう警察に届け出を出そうなんて話をしていた矢先に帰ってきて安心したのに、急に倒れて」
「すみません、こんなことを聞いて」
「いいのよ、私も強くならなくちゃね」
 強い女性だと、そう思った。
「佐倉、久しぶりだな」
 背後から声を掛けてきたのは大学時代の友人だ。
「悲しい話は今はよそうぜ。横溝さんも来てるぞ」
 横溝渚、佐倉や橋本と同じ大学学部学科だった女性だ。容姿端麗、成績も優秀だった。肩より下まで伸びたストレートの黒髪はいつ見ても綺麗だ。言わずもがな、学科内のマドンナ的存在だった。
 少し物静かな性格だが、佐倉はよく話していた。
「わかった。今行く」
 橋本の母に挨拶をして、大学時代の友人らの輪に向かった。
「久しぶりだな佐倉」
 そんな声がどこかからして、適当に返事する。
「元気にしてたか?」
「そう見えているならある意味困る」
「まあそりゃあそうだな、霞が関は相変わらず働き方改革が進んでいないって聞くぞ」
「その通りだな。働き方改革を掲げているうちの省がこの調子だ。まず間違いなくこの国は終わってる」
「悲しい話はよせって言ったじゃねえかよ。それに働き方改革だなんて言葉はもう死語だ」
「悪い。今日も来れるか怪しかったからな」
「橋本も喜んでるだろ、お前が来てくれて」
 そうならいいのだが。
「横溝さんは橋本と職場一緒なんだよね?」
 誰かが話を振る。
「うん、彼とはお付き合いもしてたから」
 二、三カ所からビールを吹き出す音がした。流石の佐倉もこれには変な声が出た。そんなはずは無い。ありえない話だ。
「え、横溝さんと橋本が付き合ってた? ほ、本当に?」
「うん。まさかこんなことになるなんて」
 横溝が俯いた。
「あいつ抜け駆けしやがって。向こうに行ったらぶっ殺す」
「不謹慎だぞ」
「もう死んでるじゃねえか」
「お前はまだまだあっちに逝かないだろうが」
 そんなヤジで笑いが起こる。横溝が不憫であるが、今はこの方が良い気もする。
「時間は流れてるって事だろ」
「そのまとめ方もどうかと思うが」
 佐倉も口を挟む。笑いが起こった。
「この話はやめよう、悲しくなってくる」
 各所で頷きがあり、話題は変わった。
 胸元が震えた。懐に入れていたスマホのバイブレーションだ。
「ちょっと失礼」
 そう一言言って席を立つ。廊下で画面を見た。小野課長と表示されている。

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