第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み CVキラー

「おい、何をぼうっと見てるんだよ?」
「いや、君島さんの写真をね」
「ああ、あの写真ね。一か月前に、写真立てが床にたたきつけられて、割られてたって話じゃない。誰だろうね。カリスマの写真に、そんな大それたことをする奴は」
「ああ、そうだったな。そんな噂を聞いたことがあったな。あれ、教えてくれたのはお前だったっけ?」
「ああ、だいたい話題を供給するのは俺。常に一方通行。お前、あんまりうわさ話に興味ないもんな」
「まあね。人のことを気にする余裕がないのさ」
「ところでさ、そんな守君は知っているのかな?」
「何を、さ」
「沢樹さんて、公務員を辞めて声優の道を志したんだぜ」
「ああ、それは誰かに聞いたことがある。それも、上級公務員で、エリートなんだろ。あれ、お前から聞いたんじゃなかったっけ」
「じゃあ、これは知ってるか? 沢樹理恵って本名じゃないんだぜ」
「えっ、そうなの? なんでよ」
「理由は知らない。ただ好きな声優の名前を組み合わせて作った芸名ってことは、一緒に移ってきたヤツから聞いた。ほら、君島恵真の恵っていう字も入ってるだろ」
沢樹理恵の恵は、君島恵真の恵だったのか。呆気にとられながら、守は漢字を頭に浮かべた。他の文字は誰からとったのだろう。
「本名は藤田春子って言うんだぜ」
 守は、沢樹の容姿を思い浮かべてみた。背丈は平均より少し高いぐらいで体型はスリム。おかっぱ頭、黒縁の丸眼鏡に薄化粧。顔のベースは整っているはずなのに、全体的に地味な印象を与えている。言われてみれば、しゃれた感じの理恵よりも素朴な印象の春子っぽい感じはする。
「よく養成所のお偉いさんが許したな」
 缶コーヒーをすすった口で守は訊ねた。
「前の養成所にいた頃かららしいぜ。生意気だと問題視されるよりも、プロ意識が高いと良い方に評価されていたみたいだな。それにな、彼女、すでに顔出しNGっていう要望も伝えているらしいぜ。これも前にいた養成所時代からだって。これは極秘情報だぜ。前の養成所の講師から、内緒話として聞いたらしい」
「マジかよ」
 守は再び驚いた。深夜アニメ全盛の昨今、主要ターゲットである成人男性に訴求するプロモーションイベントは欠かせない。アニメによっては声優がユニットを組んで歌手デビューするケースもある。ビジュアルを売りにしたアイドル声優が増えている時代だ。売れてから顔出しNGになった君島らはいいとして、これから声優になる、いや、まだその世界の手前にいる人間が、顔出しNGを求めるなんていうことは許されるのだろうか。いや、そもそもなぜ、それほど、顔出しを嫌がるのだろうか。見た目にコンプレックスがあるということか。
「あまり自分のことを話したがらない人みたいだから、あくまで噂なんだけど、声一本で勝負したいってことみたいなんだな。こっちはさすがにヤバいんじゃないかと俺はにらんでるんだよ。いくら実力があったって使い勝手が悪かったら、アニメ制作会社はオーディションで選ばないでしょ、普通に考えて。もしそこにこだわり過ぎたら、事務所入りだって難しいんじゃないかとも思うんだよ。いや、現実問題、無理だろう」
「それはダメだろう」
勢いのある言葉が守の口から飛び出した。
「何を熱くなってるんだよ」
「いや、声優になる実力がある人が声優になれないってのは、ダメだって言ってるんだよ」
「そんなこと言ったってお前。声優は自分一人では仕事ができないんだぜ。オーディションで選ばれて初めて声をあてるチャンスを得られるんだ。選んでくれる人がいなかったら、実力があったって仕事はできない」
 握っていた缶コーヒーをテーブルにガンと置いて、苗木が言った。
「そりゃあ、そうだけど」
「あの人だってそうだろ」
 苗木が顔写真の右から三番目を指差した。アイドル声優として人気があった花山桃香だ。大きな目、アヒル口が特徴的。ウェーブがかかった茶髪のベリーショートと合わせて、可愛らしさを醸し出している。
「一時はあれだけ人気があったのに、今はまったくだ。制作サイドがメリットを感じなければ、以前、人気があった人ですら呼ばれることはない。たまに講師をしてくれたけど、痛々しいったらないよ」
 花山桃香は、元々はプログレス所属ではなく、社長が自殺したことで消滅したブラッサムという事務所から移籍してきた声優だ。沢樹らが所属していたのも、このブラッサムの養成所だった。声優、養成所生を含めて、三割程の人材をプログレスが引き受けた形になっている。
花山桃香は、ブラッサム時代に、アイドルグループの成長を描いたアニメでデビューした。声優たちもアニメに登場するグループと同じ名前でユニットを組み、実際にCDをリリースし、ライブ活動をすることで絶大な人気を博した。プログレス移籍後もアイドル声優として、いくつかのアニメで声をあてていた。だが、活躍は尻すぼみで、春からのクールでは、仕事が入っていないようだった。
「それだけ厳しい世界なのに、顔出しNGって、なめてないか。そもそも二十九歳って年齢も、ハンデキャップになるはずだ。本当に声優になりたいのなら、四の五の言わず、求められたことをこなすべきだろう。俺は沢樹さんのこと、認めたくないね」
 守は言い返すのを止めた。苗木の言い分は正論だ。ただ、守は苗木の主張そのものよりも、なぜ沢樹が二十代後半に差し掛かって公務員を辞め声優を志し、芸名を名乗り、なおかつ顔出しNGなのかの方が気になった。
「話は元に戻るけどさ、去年、基礎クラスに入った五十人にブラッサムから来た五人を加えると計五十五人になる。そのうち預りに成れるのが、二、三人って。無理ゲーすぎないか。声優事務所は、受講料目当てで養成所を経営してるって聞いたことあるけど、あれって本当だよな。ああ、俺はどうしたらいいんだろうね。ここにいたって声優になれるわけがないんだし。さっさと辞めて、他の養成所なり、専門学校に行くか。それとも就職を考えた方がいいのかな」
 そろそろお開きの時間だなと守は思った。苗木は元々気のいい男なのだが、最近は相当追い詰められている。優秀なライバルとの実力差を痛感しているのだろう。周囲の環境や他者を批判し貶めることで何とか自己評価を保っているように見える。最後は辞める、辞めないの話になるのがお約束だ。
「お前はどうするんだよ」
「俺は今のところ辞める気はない」
「まあ、お前はね」
「何、それ」
「何でもねえよ。さて、帰るか。また明日だな」
 缶コーヒーとバッグを持って、苗木が立ち上がった。相変わらずマイペースだなあ、と思いながら、守も後に続く。頭の中は、沢樹への好奇心でいっぱいだった。

つづく

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