第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 確かに、燃えている

「あの、僕、ここに人を捜しにきたんです」
 縮こまった少年の顔を杏菜は睨む。
「人ってどんな人? 具体的に言って」
 威圧的に質問を繰り出して、杏菜はポケットのスタンガンに意識を回した。「お前を捜していた」と言って少年が飛びかかってくる危険性を感じたからだ。
「美波という、行方不明になっている僕の恋人です。ここに来れば返すって、手紙が届いて」
 自ずと杏菜から強張りが消える。この少年が犯人ではないという直感を覚え、何か雲行きが怪しいという予感も覚えた。
「どんな手紙? アタシも変な手紙もらって、ここに来たんだけど」
 少年はリュックを左肩から外して中を漁り始めた。「あ……」と小声を漏らすと、一通の赤い封筒をつかんだ。
 昨日の夕方、杏菜に届いた封筒と同じものだった。ポストの口からはみ出た、そのどぎつい赤を目にした杏菜は一瞬、何かの督促状かと胴震いした。手紙に書かれていた内容は督促どころではなかったが。
 杏菜は無言で赤い封筒を少年の手から引き抜いた。強引さにまた少年が萎縮する。
 見ると表には宛名が書かれていた。
「街田康平(まちだ・こうへい……」
「僕の名前です……」
 少年の名を知った杏菜は封筒を開けた。口を閉じていたのは蝶の形をした小さなシールだった。白い縁取りで、中は封筒と同じ濃淡な赤。杏菜の封筒を守っていたシールと同じ、赤い蝶だった。
 構わず杏菜は入っている一枚の白い紙を取り出して広げた。

   あなたが失った人を返却します。
   十月一日、金曜日、午後五時に、緋の町の、緋の橋の上でお待ちしております。
   必ず一人で来てください。

 同じ文章。つまりこの犯人、二人を誘拐している。恐怖の倍増とともに、そんなことができるのかという疑念も感じる。
「これ……アタシももらったのよ。いつ届いた?」
 バッグを開けた杏菜は、自宅アパートに届いた赤い封筒から手紙を取り出した。
「昨日の夕方です。アパートのポストに入っていて、差出人不明でこの町の消印が押してありました」
 届いた日も消印も匿名も。
「アタシと同じね……赤い封筒も、蝶のシールも」
 杏菜に手紙を渡された康平が目を見張る。
「これ同じ字です。紙もサイズも同じです……」
 B5の上質紙も、ワープロで打たれた文字もすべて、つまり同一犯からの手紙。
 何かあるとは思っていたが、同じことをされた人間が待っているとは思わなかった。
 手紙を返された杏菜はちらっと南の方角を見た。三メートルほど先の橋の欄干に、白い紐のようなものが何重にも結ばれている。
 落とし物かと思って両目を細めると、康平が「あっ」と声を出して杏菜の後方を指さした。
 振り向くと一台のタクシーが停車していた。橋の上に誰か乗客が降りてくる。とたんに背筋が凍結した。
 タクシーから降りたのは強面の男だった。橋の北側からこちらに向かって並足で歩いてくる。隣にいる若年の康平とは違って、今度は大人の男。スーツ、長身、中年と近づくたびに男の外見が判明していく。
「ねえ……アイツじゃない?」
 杏菜は康平に耳打ちした。つまり共闘しようという構え。あの中年が犯人なら現在のところ二対一、何事も多数派を形成した側が有利。
 しかし男が近づくたびに杏菜は、華奢な康平よりもポケットのスタンガンをアテにした。男は強面から鋭い眼光を放ち、長身といっても百八十センチを優に超えている。
 ただ体格はどちらかといえば細身で、紺色のスーツに黄色いネクタイがむしろ決まっている。犯罪者というより高収入の企業人といった風体。着ているスーツもそこらの店で買ったものではないと推測できる瀟洒な施しがなされていた。
「あの、すみません」
 男は片手を上げて杏菜たちに呼びかけた。
 この第一声、さっき康平がしたものと同じ。でも第二声は違うかもしれないと、杏菜は警戒を緩めずに口を切った。
「何? アタシたち、人を捜してるんだけど」
 杏菜は康平と肩を並べて好戦的な声を出した。すでにこっちが多数派だといわんばかりに。
「私も人を捜しているんです」
 男の第二声に杏菜は肺にあった空気をすべて吐き出した。この三人が同じ目的で橋の上に集合させられたことを悟った。
 杏菜は煮え立つ視線を腕時計に注いだ。時刻は午後五時になる瞬間、さらに眉間に力がこもる。このふたりが犯人でないのなら、真犯人は約束の時間に遅刻をしている。
「捜しているのは、どんな人ですか?」
「晴美(はるみ)という名前の娘です」
 康平に返答した男は、ふたりの顔を見た。
「あの、あなたたちは……?」
 こちらと違って男はまだ状況を把握できていない。
「街田康平といいます」
 康平が軽く自己紹介をしたため、杏菜も不承不承に続いた。
「河井です」
 杏菜は初対面の男にフルネームは決して明かさない。
「私は高橋直久(たかはし・なおひさ)といいます。あの、おふたりはなぜここに?」
 思ったより、いや思ったとおり丁寧な物言いだった。スーツの品のよさが口調にも反映されている。
 高橋が知りたいのはふたりの名前ではなく、ふたりの目的だろう。杏菜はさっさと話をまとめることにした。
「アナタ、もしかして手紙みたいなもの、もらわなかった? アタシたちには昨日届いたのよ」
 杏菜は自分に送られてきた手紙を高橋に差し出した。
 案の定、高橋の眉が吊り上がる。
「ええ、これと同じものです。昨日、自宅マンションに届きました」
 高橋はビジネスバッグを開けた。
 この格好、仕事の途中でここに来たのかと杏菜は推察する。
 高橋が取り出した赤い封筒には確かに「高橋直久 様」と書かれていた。口にはあの赤い蝶のシールも貼られている。高橋は、杏菜に手紙を渡した。
 もう見なくても分かる、という言葉を飲み込んで杏菜は手紙を見た。

   あなたが失った人を返却します。
   十月一日、金曜日、午後五時に、緋の町の、緋の橋の上でお待ちしております。
   必ず一人で来てください。

 これで被害者は三人。

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