第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 本能寺の変オブ・ザ・デッド

『本能寺の変オブ・ザ・デッド』

壱五六(いちご・ろく)44歳
1976年生まれ。東京生まれ、神奈川育ち。
会社役員。



天正十年六月二日未明、明智光秀、逆心。
一万三千の兵を率いて本能寺を襲撃。
命運さとった織田信長は、
腹を十字に裂き、臓腑をかきだし憤死した。

後継たる織田家当主、織田信忠は、
本能寺にほど近い二条新御所に籠城。
狂瀾怒濤に暴れまわった挙句、
頭蓋を叩き潰され、横死にいたった。

下剋上を果たした明智光秀であったが、
織田親子の首級を得ること叶わず。
わずか十一日後には羽柴秀吉に敗れ、
つらの皮が腐り落ちた首を本能寺に晒した。

なにゆえに、
忠臣、明智光秀は逆臣と化し、
いかように、
天下人の弑逆を遂行せしめたか。

神機妙算。
大欲非道。
悪因悪果。
怨霊怪異。

あまねく事由が、
真であり、偽であり、
そして、
夢まぼろしである。
 
 立つ鳥、あとを濁さず

 花の都は下京、法華宗大本山、本能寺。
 天下人の絢爛豪華な御座所――であったのは、過去のこと。
 明智軍の襲撃によって織田信長、森乱丸ら近習は死屍累々たるありさま、炎上した本能寺は灰塵と化したが、わずか十四日のち、いまや明智軍三千のさらし首であふれていた。
 御殿跡にくまれた獄門台には、敗軍の将たる明智光秀のさらし首。頭上をブンブン蠅が飛びかい、舌はだらしなくたれさがり、目鼻には蛆がわき、うごめいている。
 鬼哭啾啾の地獄絵図のなか、勝軍の将たる羽柴秀吉は酒杯をかかげる。
「明智殿、ごきげんうるわしゅう」
 どぶろくをひと息に飲みほし、酒杯をなげれば、光秀の首に当たっておちる。
「よもや、生きておられるのではあるまいな」
 さらし首が生きているとはおもっていない。戦勝の祝宴の最中であるが、そこまで酔っていない。むしろ、いくら呑んでも酔えない。
 じつのところ――光秀のさらし首、落ち武者狩りを生業とする野武士から買いとったことにしているが、それはウソっぱち、明智光秀とは別人、他人の首なのである。
 輪郭のよく似た首をさがしてひろい、面相がわからなくなるよう痛めつけ、しばし放置してほどよく腐敗させたのち、死化粧を厚目にほどこしてしまえばアラ不思議、近習どころか糟糠の妻ですら判別つかない、明智光秀のさらし首のできあがりである。
 下知をくだしたのは信長の三男、織田信孝。
「サル、明智の首を本能寺にてさらせ。サル、死んでもさらせ。いいな、サル」
 信長とその嫡男たる信忠が、謀反でたおれてすぐ、二男信勝と三男信孝のあいだで家督あらそいが勃発しており、その手柄あらそいに利用されているのである。
「さて、どうたちまわるか。信勝様に信孝様、いずれをえらんでも地獄――さきはない」
 強風がゴウと吹きすさぶ。獄門台の左右に焚かれた篝火がパチパチはぜる。
「なにゆえ謀反などしでかしたのじゃ。勝算もなく、明智どのらしくない」
 謀反はたしかに成立した。が、事後をどうやりくりするつもりだったのか。
 明智軍一万三千にたいし、織田軍は十万――ただの自殺行為である。さらにいえば、山崎で交戦した明智軍は衰弱し、序盤から戦意を喪失。天下人を弑逆せしめておいて、いったいなにゆえ、かようなていたらくとなりうるか。
「これはやはり、明智どのの策。どこかで生きていて、反撃のすきをみはからっているのだ。上杉とくむか、毛利とくむか。魔物とおそられた明智どのならば、やりかねぬ――」
 秀吉の眼前、黒い塊がゴロゴロころがってくる。
「なんぞっ」サルのごとく飛びあがる。
 首、である。
 周囲をみわたすが、だれもいない。いまにもうめき声をもらしそうな三千もの首が、あちらこちら無造作に積まれているだけである。
 うず高くつんだ首山より、ころげおちてきたか――秀吉はしゃがみこみ、首をのぞきこむ。鼻がもげそうなほどの臭気。つらの皮が腐りおち、穴という穴に蟲がわいている。なにより腹の立つことに、笑っているようにみえる。
 秀吉は顔をゆがめて立ちあがり、「おどろかせおって」
 首を蹴とばそうとふりかぶったところで、キャッと声をあげ、尻もちをついた。そのままよつんばいになり、まじまじ首をのぞきこむ。ほそくととのった眉に、かたちのよい切れ長の目、高貴な品のただよう薄い唇――にくたらしい端正な冷笑がよみがえる。
「明智どのっ」
 酔いがさめる。周囲をうかがう。きがつけば篝火のとなり、大小の人影がふたつ。おのれの周囲を警護する近習らではない。
 まさか、ウソであろう――秀吉は目をカッとひらく。
「ウエサマッ」上様――織田信長である。総髪に小袖一枚、小姓をしたがえている。
 あの小姓……森乱丸ではないかっ。
 地獄より舞いもどってきたせいか、異様な妖艶さである。衆道をたしなまない秀吉は、男の魅力を解せず、乱丸も例外ではなかったが、今宵はじめて実感した――男でもイケる。
 いってる場合かっ――秀吉はわれにかえる。信長も乱丸も、ここ本能寺で弑逆されたはずなのである。たしかに首級はみつかっていないが――。
「ひさかたぶりであるな、サル」
 カンだかい声、シュッとした容貌、そして扇子でポンポン、首筋をたたく仕草。うたがいようもなく、どこからどうみても織田信長である。躰が勝手に反応し、秀吉は平伏する。
「ツラをあげよ」
 顔をあげた秀吉の涙腺は崩壊寸前、両目をウルウルさせている。
「あいかわらず、こぎたないのう」
「生きておられたのですか」「うつけ」秀吉のひたいをパン、扇子がたたく。
「死人が口をきくか。不合理な発言はひかえよ」
「これはしたり」秀吉は泣き笑いの顔で、おでこを手のひらでピシャリたたく。
 ふたりのやりとりをよそに、乱丸は獄門台の中央にまつられたニセ光秀の首を槍で突きさし、首山にはこぶと、「南無阿弥陀仏」とささやく。華麗なその所作に、おびただしい数の梟首が、秀吉には転瞬、ツバキの花首にみえた。
 つづいて乱丸は、本物の光秀の脳天に槍をブスリとさし、獄門台にすえる。獄門台の首を見あげると、信長は腕をくみ、満足気にうなずく。
「てっきり、お亡くなりになられたかと。なにゆえ、御隠れになられたのですか」
 平伏する秀吉をみおろし、信長は口角をあげる。
「知りたいか」
 秀吉は首を何度も、大きく縦にふる。信長が口角をあげて、
「さて、どうしたものか」信長がたずねるようにいえば、
「お好きに」と、乱丸はそっけなくこたえる。
 信長はニンガリ笑うと、望月をみあげ、
「死のふは一定ぅ」
 歌を口ずさみながら、ゆるり、ゆるり、薄紙をはぐように語りはじめた。

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