第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み ダウト・イット ~Doubt It~

『ダウト・イット ~Doubt It~』

鹿西絵夢(かさい・えむ)48歳
1972年生まれ。
会社員(営業職)を経て、現在は会社経営(零細)。


 序文

 トランプゲームで《ダウト》という遊びがあります。諸説ありますが、明治時代に日本に伝わり、当時は、「Doubt It」――和訳「どうでしょうか・疑わしい」と言っていたそうです。ここで、トランプゲーム《ダウト》のルールについて簡単に触れておくことにします。もちろん知っている方には余計なお世話かもしれませんが、この物語を読み始める前に、是非とも知っておいていただきたい知識であると著者は考えております。
『ルール』まず、複数のプレイヤーに伏せたトランプカードを無作為に切り分けていきます。プレイヤーは「1」(A)と発し、発した数字と同カード(の体で)を伏せた状態で捨てます。次のプレイヤーは「2」、その次は「3」、という具合に順番に切っていき、「13」(K)までいったところで「1」に戻ります。その際、対戦者の発した数字と捨てたカードが異なる(嘘)と思えば、《ダウト》と宣言します。そして、そのカードが嘘か真か、表を向けて真偽を確かめます。嘘であれば、捨てたプレイヤーがそれまでに捨てられたカードをすべて手札に加えます。逆に、真でれば、《ダウト》と宣言したプレイヤーがそれまでに捨てられたカードをすべて手札に加えます。それらを繰り返してゆき、最終的に手札のなくなったプレイヤーが勝者となります。
 勝敗のポイントは、(そうとう運がよくない限り)発する数字に対して、手持ちの同カードが不足してしまうため、対戦者にバレないよう巧妙に嘘を吐き、如何にして敵を欺くかが鍵となります。加えて、《ダウト》を宣言する方もリスクは高く、リスクをとったうえで、自身が知り得る情報を基に、如何に敵の嘘を見抜くかが決め手となります。ルールはしごく単純ではありますが、突き詰めれば壮絶な心理戦が繰り広げられる遊戯なのです。
 余談ではありますが、このゲームに潜んでいる翳のようなものが、我々の暮らす実社会においても存在していることを皆さまはご存じでしょうか?

 プロローグ

 それは吸い寄せられたとしか言いようがなかった。真夏の空からは身体をじりじりと焼くような陽射し、アスファルトからは身体をむんむんと燻すような陽炎、そんなうだるような陽気に鹿西真人(かさい・まさと)は顔を顰めた。額から滴る汗をハンカチでぬぐい、鹿西は、とある書店の中へ入って行った。クーラーが効いているから、と言ってしまえばそれまでだが、不確かではあるが、そんな短絡的に憩いを求めていたわけでは決してないのだと思う。
そこはえらく広い書店だった。分野ごとに書棚の島が、整然と人工的に造られた諸島のように連なっていた。鹿西は目当ての書籍を探すでもなく、また、心地の良い空気に涼むでもなく、ただふらふらと彷徨うように店内を歩いた。ふと気がつけば、新刊の書籍がうず高く積まれた一角で足を止めていた。
 定まらない衝動の中、それは先天的な本能と言うべきか、もしくは後天的に何者かによって染色体にそう印されたと言うべきか、いずれにしても、理ではない何かによって導かれたのだった。
 鹿西は一冊の新刊に手を伸ばした。タイトルも碌に見ず、その書籍を手に収めページをめくった。不思議と甘い香りがした。ピーナツバターが溶け焦げた匂いに似た香りだ。遅れて、木材が切られた直後の芳醇な香りがつんと鼻孔を衝いた。それらの香りが空調による無機質な冷えた空気に溶けてゆく。混濁した空気に包まれ、彼はそこに記された文字をパラパラと斜め読みしていった。
 やがて彼は言葉を失くして本を閉じ、そのタイトルに目をやった。そこには《ダウト・イット ~Doubt It~》と、明朝体で記された文字の連なりが躍っていた。
 鹿西は過去の記憶が蘇った。それはあまりに凄惨で、あまりに残忍で、あまりに不可思議な記憶だった。
 彼は人知れず、ただただ驚愕するのだった。

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