第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 常山蛇勢

 ひと作業終わってから各留置人に訊く。
「さっきあいつと一緒になってバカ騒ぎしてたのは誰だ?」
 房の中にいる連中はみんな一様に押し黙っている。
「黙ってるってことは全員同罪で連帯責任だな」
 連帯責任とは、つまり朝の憩いのひとときである〈運動時間〉の消滅を意味する。運動と言っても、真面目に身体を動かしている者など一人もいない。庁舎二階の檻で囲われた中庭に出て、ただ外の空気を吸うだけの日課である。その際、喫煙者にはたばこが与えられるのだが、その極上の時間が削られるだけの話だ。看守担当の俺たちからみれば、そんな時間が消滅しようと、さして重要ではない。
 要するにこの閉ざされた空間の中では、一にも二にも規律が重んじられるのだ。ここから移監されて拘置所、その先の刑務所と進んでいけば、規律は加速度的に厳しくなっていく。ここはその第一歩なのだ。
 俺は一号室から順に房の中を覗いていく。
「まいったなぁ。相田さん、そいつは勘弁してくれよ」
 一号室の1番が金網越しにぼやいた。
 この男は竹村(たけむら)というケチな泥棒だ。住居不定無職で年は六十になる。この房の中ではいちばんのヘビースモーカーだ。公園のベンチで仮睡者を狙っては盗みを働くのがこの男の手口だが、今回は若い仮睡者女性の鞄から財布とたばこを盗んだ。犯行直後に警官の職質を受け、財布は拾ったと弁明したまではよかったが、女性が好んで吸うピアニッシモ・アリア・メンソールをポケットに隠し持ち、嘘を突き通せずに御用となった。外にいるときはチェーンスモーカーだったらしく身体中からヤニの臭いがする。たばこならなんでもいいのが仇となった。
「一日くらいたばこ吸わなくたって死にゃしねぇよ。寿命が数分延びたと思ってあきらめろ」
 吐き捨てるように言ってやると、同房の4番の男も「そんなぁー、マジっすか」と不服を漏らした。この男は石沢(いしざわ)といって塗装工をしている。年は三十過ぎだが、金欲しさに自分名義の預金口座を見知らぬ男に売ったところ、それが特殊詐欺の振込口座に使われたらしく、犯罪収益移転防止法違反で逮捕された。この男も1番ほどでないにせよ、たばこがないと生きていけないらしい。
 一号室は二人そろって金網にしがみつき、同時にがくりと項垂れた。
 二号室は今フィリピン人のネスリーが一人で入っている。褐色の肌に東南アジア系の目鼻立ち、二十代前半で番号は6番で呼ばれている。この男は高級車を盗む外国人窃盗団の一人として捕まってきた。盗難車を港へ運ぼうとしてNシステムに引っかかった。職質された折、「ニホンゴ、ワカリマセン」と言ってごまかそうとしたが、嘘はすぐにばれた。日本で生まれて日本語しか話せないくせに、容姿が外国人というだけでは嘘にも限界がある。母国語を話してみろと言われて観念した。ネスリーは喫煙者ではないので、俺の話を聞いてもにやにやしているだけで不平を漏らしはしなかった。
 三号室の一人は、傷害で逮捕された斉木(さいき)という男だ。年は四十そこそこで、5番で呼ばれている。この男は交通上のトラブルで揉めた相手を半殺しの目に遭わせて逮捕された。仕事は長距離トラックの運転手をしているが、若いころは喧嘩上等で相当荒くれ者だったらしい。
 三号室のもう一人は、安川(やすかわ)という三十代なかばの男だ。番号は9番。自宅で大麻草を栽培していて捕まった。とある芸能人が大麻取締法で逮捕された際、その連絡先から足がついて逮捕されたらしい。
 運動なしだと伝えると、5番の斉木が答えた。
「あいよ。一蓮托生だからしょうがねぇや」
「なんだ、文句言うんじゃないのか?」
 俺が訊くと斉木は両眉を上げながら言った。
「馬鹿言っちゃいけねぇよ。あんなステゴロ見せられたら誰が文句なんか言うもんか。俺だって昔はやんちゃしたけど、そりゃ相手にもよるぜ。あんた、相当手ぇ抜いてただろう。そんなの見りゃわかるぜ」
 9番の安川も横でうんうん頷いている。この男は大麻扱ってもたばこは吸わないらしい。平然とした顔でたばこは健康に悪いですと言う。今回も右手を小さく挙げながら「僕は運動なしでも異存はありませんので、ハイ」と言った。
 続いて五号室、ここも二人部屋である。
 一人は藤井(ふじい)という二十代なかばの若造だ。番号は2番。外にいたときはホストをしていて、たまたま客引きした相手が私服の女性警官だったらしい。性格的に調子者らしく、先ほども金網越しに歓声を上げていたことは聞こえていた。
 もう一人は長谷川(はせがわ)という七十代の男だ。番号は7番。この年になっても事務所荒らしを専門にして、娑婆と刑務所を往復する生活を送っている。
 二人にも運動なしを告げると、2番はあからさまに怪訝な顔を見せた。しかし騒いだのは事実なので、それ以上文句は言えない。次に脳天逆落としを食らうのは自分かもしれないからだ。
 一方、7番のじいさんは達観している。「へい」と一つ返事をして頭を下げた。何度も刑務所を往復していれば、こんな措置など珍しくもないと言ったところだろう。
 その刑務所で受刑者に階層的な身分があるのは知られた話だ。問題を起こさず一定期間を過ごすと、場合によっては褒美で饅頭が貰えたりする。たかが饅頭一つではあるが、それだけのために受刑者は喧嘩沙汰を起こしたりするのだ。気に入らない受刑者に饅頭の支給日が近づいてくると、わざと喧嘩を吹っかける。それが因果でやられたらやり返す。食い物の恨みはどこへ行っても怖ろしいのだ。受刑者間で饅頭は〝甘いもの〟の代表格とされるが、それがどれだけ貴重かは、実際に刑務所に身を置いた者でなければわからない。その中でトラブルがあれば懲罰は必然である。7番の短い返答にはそうした含蓄があった。
 なおこの留置場に四号室はない。気の利いたホテルやアパート、マンションでは〝四〟や〝九〟の数字を忌み嫌って飛び番号にするが、ここはホテルでもないのに〝四〟は飛び番号となっている。俺に言わせれば、こんな留置場など全部四号室でもいいと思っている。四号室の次は九号室、その次は十三号室でいいくらいだ。以下、適当に忌み数字を割り振っていけばよい。十九、四十二、六百六十六というように。早晩ここに入った者は、この先転落の人生が待っているのだ。性懲りもなく出入りを繰り返す7番のじいさんを見ていると、ついそう思えてしまう。

つづく

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