第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み エキストラ

 2

2017/12/8 08:18
 嘘だと喚き、本当のことを言えと詰め寄り、証拠を見せろと恫喝した。銃の存在など、大川の頭からはとうに抜け落ちていた。ただ、夕原は肩を掴まれても全く動じる気配もなく、目を強く瞑り、歯に力を込め、ただ大川に言われるがままにしていた。やがて何を言っても無駄だと諦めた大川は壁にもたれかかるようにして座り込んだ。
 見た目と語り口に騙されるな。きっと、この女は真っ当な人間じゃない。大川はそう思っていた。だが、それは甘かった。どんな人間かという次元の問題じゃない。
 ――死神だ。
「今のあなたがしているのと同じ目を私は幾つも見てきました。皆、口を揃えて私に言います。この死神、って。恐怖のあまり腰が抜けて立てなくなる人もいる。錯乱して襲い掛かってくる人もいる。あるいは、今のあなたのように、私にまるで命を奪われてかのように鬼のような形相で睨む人もいる」
「そりゃあそうだろう? 死人を蘇らせて、お前はもう死んでいるって変えようのない事実を突きつける? 悪趣味な力だ」
「自分の死を受け入れることは簡単ではありません。この力が死者を永久の眠りから起こし、再び苦痛を与える――そんなことは私だって分かっています。でも私はあなたたちの無念を晴らすため、あるいは残された者たちのためにやっているんです」
「無念だと!」
 そのとき、大川の元へそっと歩み寄った夕原は大川の右手をそっと包むように握った。その手には温度があった。
「大川さん」包み込むような声色で、彼女は語り掛ける。
「確かに、私たちにはもう、あなたを助ける手立てはありません。それを非道だと罵るならば、死神だと非難するならば、それはすべて甘んじて飲み込みましょう。でも、過去は変えられなくても未来は変えられるんです。犯人を野放しにしておくか、正義の裁きの場に引きずり出すか。今回の犯人は少々手強かったんです。潜航者が現れたとき、犯人は既に逃げていました。あなたも薬で意識が混濁していて話ができる状況ではありませんでした。だから選ばれたんです。多重潜航(マルチ・ダイブ)の使い手であるこの私が」
「多重潜航(マルチ・ダイブ)?」聞き覚えのない言葉だった。
「誰かの記憶世界の中で、別の遺体に潜航するというものです。そうすれば、二十四時間以上遡ることができます。あなたが犯人に誘拐される前の時間に行けるのです」
「ってことは、お前たちが俺を誘拐したあの路地の出来事は、まさか――」
「見つけるのは大変でした。でも、間に合ってよかった。あなたが誘拐されるより先に、私たちはあなたに会うことができたんです」
「けど、今の俺は犯人を見ていない」
「あなたならその候補は絞れるはずです。心当たりはありませんか?」
「いや、まさか――」大川は視線を泳がせた。
「なら、アプローチを変えてみましょう。昨日の大川さんの行動を辿ってみます。昨日は雪の降る寒い夜でしたね。あなたは二十二時ごろ、バンに乗って横浜市内の路地にいた。どうしてあんな人気のない路地にいたんです?」
 大川は俯いた。視線を左右に揺らし、紡ぐべき言葉を探していた。
 見かねた夕原はその肩にそっと手を乗せ、耳元でこう囁いた。
「約束しましょう、大川さん。死者を殺人未遂で書類送検・・・・・・・・・・・・なんて、私はそんな無粋な真似はしません」
 大川の眼が、ぱっと見開かれた。彼は恐る恐る顔を上げる。
「どうして……あんた、どうしてそれを」
「私たちは全部掴んでいます。昨晩、あなたがいた路地は高木直美さんの帰宅ルートであることも。そしてその路地を高木さん誘拐の現場に使おうとしていたことも。ですが、あなたは犯行に及ぶ前に死んでしまった。高木さんを殺すつもりでいたあなたは、彼女を殺す前に何者かに誘拐され、殺されてしまった。だから私たちは、警察は、あなたではなくその犯人を捕まえたいんです。犯人を知っているとしたら、心当たりがあるとしたら、大川さん、あなたしかいないのです。あなたの無念を晴らせるのは、未来を変えられるのは、私じゃない。〈潜航者〉じゃない。警察でもない。大川さん、被害者であるあなた自身なんですよ」

 大川はすべてを白状した。
 元々、大川が殺したかったのは高木ではなく、城山という男だった。よくある金銭トラブルだった。しかしそれは周知の事実で城山が死ねば大川が疑われるのは必至だったという。そして同じ状況にあったのが高木を殺したがっていた村中という男だった。そして二人は交換殺人を企てた。大川が高木を殺害する決行日は村中が友人らと上越国際スキー場に二泊三日で行くタイミングに決まった。大川が高木を誘拐し、誰も入らない山中に遺体を遺棄する計画だと言った。高木の帰宅ルートとその時間帯は村中が事前に入念に調べていた。念のため、村中の提案で決行前夜、現場に下見に行くことにもなっていた。
「俺が犯人に誘拐されたのは、その下見に行ってから帰宅するまでの間ってことか」
「そうなります。下見の帰りにどこか寄る予定は?」
「いや、真っ直ぐ帰るつもりだった」
「では、下見のことを知っていたのは?」
 大川はハッとした。「そうか。そういうことか」
「村中、もしくはその仲間の目的は高木を殺すことではなく――」
「――あなたを殺害することだったのでしょう」
 大川は俯いた。そしてしばらくの後、その口元からは不規則に微笑がこぼれ落ちた。
「一周回って笑えてくる。頭がどうかしたとしか思えない」
「ですが、これが現実です」
 諭すような口調で、夕原はそう語り掛ける。
「なあ、あんた」大川は夕原に縋りついた。
「これで、本当に犯人を逮捕してくれるんだよな。これで、未来は変わるんだよな」
 夕原は少し間を置いてから、にっこりとほほ笑んだ。「はい」
 そのとき、大川の頭上から笑い声が降ってきた。
「ちょっと、どういうつもり、上京くん?」一転、夕原は軽い口調で言った。
「いやあ、だって」答えるカミキョウという男の口調もまた軽いものだった。
「夕原さんがそんな演技派とはね。俺、笑いずっとこらえていたんですよ」
「人の演技見て笑うのこれで九十二回目。勘弁してくれる?」
 夕原もまた腕を組み、軽い口調で応酬している。
「俺、笑ったの初めてですよ」
「そのセリフも七十八回目」
「俺が夕原さんの演技を見るのはいつだって一回目ですから・・・・・・・・・・・・
 すると、夕原は呆れたように鼻で笑い、首を振った。
「おい、何のことだ。演技って――」
 大川は気が付いた。彼に向けられた夕原の目は今までに見たことのないものだった。それは非難の色を、軽蔑の色を帯びたものだった。その瞳は大川から言葉を奪った。
「大川さん」今までになく低いトーンで夕原が言った。
「本当に未来を変えられるって思ってます?」
「……どういう意味だ」
「どうもありがとうございました。自白していただいて・・・・・・・・・
 訊き返す暇も夕原は与えなかった。夕原は既に懐から黒光りするものを取り出していて、大川が口を開くよりも早く、火花が散った。

つづく

通過作品一覧に戻る

ページ: 1 2 3