第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み エキストラ

2017/12/8 07:32
「――誘拐したのはお前たちだな。パンクさせる罠を仕掛けていたのもそうか」
「申し訳ありませんでした」
 女は深々と頭を下げた。大川は反応に困り天井を見上げたが、またも銃口と目があった。
「協力者と言ったな。だったら何故誘拐した」
「素直に『同行してください』と言ってついてきてくれましたか」
「いや、」大川は頭をかいた。「仕事中だ、と断っていただろうな」
「ですから、あのような乱暴な手に出るほかなかったんです」
「普通そんなことするかよ……」
 大川は髪を乱暴にかきむしった。女の出で立ちといい、その語り口といい、凶悪な犯罪者には見えないが、その不釣り合いさがかえって不可解だった。
「普通の状況ではないんですよ!」
 女が初めて、切羽詰まったような物言いをした。大川は顔を上げた。
「私たちはある事件を追っています。ただ、残された時間はもうわずかしかないんです」
「事件?」大川は目を見開いた。
「事件ならここで起こっているだろ。誘拐だ! それともお前たちは警察だとでも?」
「そうです」
 大川は目を細めた。ハッタリの可能性もあるが、この女は堂々とし過ぎている。
「だったら聞かせてくれよ。刑事さんとやら。その事件を」
 分かりましたと女は頷いた。
「殺されたのはある男性です。遺体の発見現場の状況と細工の痕跡を考えれば、用意周到な計画殺人でしょう」
 女は真面目な口調でそう言い始めた。大川は耳を傾けてやることにした。とんでもない妄想癖のある人物かとも思ったが、その余興に付き合ってやる――そう思わなければ精神がいかれそうだった。ちらと上に目をやったが、銃口は尚も大川を監視していた。
「その人物は死亡推定時刻の二十四時間以上前に誘拐されたものとみています。誘拐現場は分かっていませんが、その人物が二十二時頃に横浜市内にいたことは分かっています」
「横浜市内?」大川は腕を組んだ。
「ええ、そうです。昨日、あなたがいた路地の辺りです」
「怪しい人物の目撃情報なら持ってないぞ」
「ええ、お構いなく。私たちは目撃情報目当てに誘拐したのではありませんから」
 今さらっと自白したな、と大川は思った。
「それから」女は続ける。「被害者は、一日近くどこかの廃墟で監禁――というより拘束されていました。犯人はすぐに殺害することをしなかったんです。ある時限装置をセットし、その場を立ち去ってしまったのです」
「時限装置?」
「爆発物ですよ。拘束してから二十四時間後にドン」
 大川の顔から血の気が引いていた。
「どうしました?」
「どうした、って、それは……」
「ええ、普通の人間がやることではないでしょう。それに、拘束してから被害者が爆発に巻き込まれて死ぬまでの二十四時間以上の間、犯人はそこにいなかったんです。恐怖を与えて楽しむ目的でもない。一体、どんな目的でこんなことをしたと思います? 大川さん」
「〈潜航者〉対策か」
「なんだ」女が眉をあげた。「知ってるじゃないですか。それなら話が早い」
「でも、そんなものイカサマだろう? 死者の記憶世界に潜るなんて――」
「ただ、彼ら〈潜航者〉が警察に協力し、事件を解決する手助けをするようになってから五年。この手の潜航対策を施した事件は年々増加傾向にあります。潜航の限界は死の二十四時間前まで。つまり、標的を拘束し、そこを離れて二十四時間以上経過してから殺害するように仕掛けておけば、犯人は〈潜航者〉に捉まらないんです」
「つまり、お前たちが追っている事件も、潜航対策がされていて、〈潜航者〉は犯人を見つけられなかったと?」
「そういうことになります」
「それが俺の誘拐とどう繋がるんだ?」
 すると、女はよくしゃべる口を閉じて微笑を浮かべた。
「何がおかしい?」
「おかしくなどありません。これは微妙な問題なんです。私たちがあなたを誘拐した理由。一つは先も言ったように事態は差し迫っているからですが、もう一つは、あなた自身が真相に気づく必要があるからです」
「俺自身が、真相に気づく?」大川は眉をひそめた。
「俺はそもそも、何も事件に関わってなんかねえ。それに〈潜航者〉だって信じてねえ」
「関わっていない――あなたがそう思っていても、相手はそうとは限りません」
「相手?」
 女は答えなかった。指で自分の毛先をつまんで捻っている。
「そもそもお前たちは何者なんだ。警察だと言う割に人を誘拐するし……」
「大川さん」女の呼びかけが大川の意識の隙間にするりと入り込んできた。
「今は私たちが何者かより、あなたが置かれた状況を考えてみてください」
「状況だあ?」
「ええ、そうです。あなたの昨晩の記憶。そこに私たちが現れてあなたを攫った理由。そして、私たちが追っている事件との関連性」
 関連性。そう繰り返し、大川は思考を巡らせた。
 昨晩、大川は横浜市内の路地にいた。そして女たちが追っている事件の被害者は同じ時間帯、同じ場所にいたことが分かっている。
「大川さん」女の呼びかけが再び彼の思考を中断した。
「彼ら〈潜航者〉の仕事は、殺人事件の犯人を探ること。そういう意味では刑事の、そして被害者の協力者でもあります。けれど、その潜航能力を使っても簡単に事は運びません。何故なら、記憶世界がリアルそのものだからです。映画館やVRヘッドセットで得られる没入感とは訳が違います。その世界そのものが、現実だとしか思えない程のリアリティを持っている。だからこそ、事件の被害者、つまり、その記憶世界の〈ホスト〉は気が付かないんです。〈潜航者〉が記憶世界に潜ってその目の前に現れたとしても、ここが自分自身の記憶世界であって、自分は本当はもう死んでいて――」
 女は一つ息を挟んで、大川の目を真っ直ぐと見た。
「――目の前にいる人間が・・・・・・・・・潜航者・・・であることに・・・・・・
 大川は何も言えなかった。女はポケットから警察手帳を取り出し、それを大川に見せた。
「ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません。私は科警研情報科学第四研究室、通称ダイバー・フォース所属の〈潜航者〉、夕原久遠(ゆうばる・くおん)と申します。大川康弘さん、どうかお力を貸していただけないでしょうか。私たちが追っている、大川康弘殺人事件・・・・・・・・の解決に」

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