第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 甘美なる作戦

「おいおい、あれやないか」
 悠人がわき腹を突っついた。三人の女の子が笑いながら近づいてくる。まんなかのひとりが歩きながらクルリと身体を一回転させると、背中にピンクのリュックが見えた。
「よし、あれだ。きっちり撮れよ」
 真二はクルマを降りると、ぶらぶらと女の子たちの方へ寄っていく。近づきながら、右手にだけ黒い革手袋をはめた。すれ違うとき、三人の女の子がそろって真二の顔を見上げる。真二は小学生男子が夏休み初日の朝に浮かべるような笑顔を浮かべて、ハーイと女の子たちに片手を上げて見せる。三人はちょっと恥ずかしそうな、でもうれしそうな笑いを見せて、キャッキャとはしゃぎ合っている。
 すかさず真二は身体をひねって、彼女たちの後ろにつく。クルマの横を通る瞬間、伸ばした人差し指をそっと木之内さやかのリュックに触れる。悠人がシャッターを切って、OKサインを送ってきた。任務完了だ。
 運転席にもどって画像をチェックする。背後に残してきた笑顔がまだ棚引いているような、さやかの明るい眼差しと、かるく開いた唇。ショートカットの髪が晩秋の風に揺れている。だがそのうなじのあたりに、指が浮かんでいた。リュックに届くか届かないかといったところだ。画面の右斜め上から差し伸ばされている、禍々しい革手袋の指。不吉な運命を刻印しようとする悪魔の爪のようだ。
「よっしゃあ! 完璧や」
 悠人がガッツポーズを取ったとき、窓ガラスがコツコツと音を立てた。ギョッとして振り向くと、運転席側の外にキツい顔つきをしたオバサンが二人、立っている。そろって黄緑色のスタッフジャンパーみたいなものを羽織り、目を怒らせていた。胸もとに小学校名とPTAの文字が赤くプリントされている。
 あちゃー、あかんわ。悠人が口をゆがませて小声で言った。
「あんたたち、いま、女の子の写真、撮ってたでしょ」
 下校時の見回りをやっているPTAの役員だと名乗ったオバサン二人組は、いきなり居丈高だった。
「身分証、見せなさい。どこの人なの、いったい」
 真二は人懐こいとよく言われる微笑をつくって、ペコペコ頭を下げた。すばやくポケットを探って名刺入れを引っぱり出す。摘まみ出したのは〈ブルーリボン芸能社〉の名刺だ。親分が経営しているインチキ芸能プロだが、こんなときには役に立つ重宝な名刺だった。
「え、芸能プロ⁉ プロダクションの人なの、あなたたち?」
「はい、そうなんです。じつは来年の春にスタートするドラマで、学園ものっていうか教師ものをやるんですけど、それに出てくれる女の子をちょっといま探してまして。ロケハンを兼ねて、この辺の学校を回っているんです」
「ええー、じゃあ、この辺でロケやったりするの」
「いい雰囲気の通学路があれば、そうなると思いますけど」
「うわあ、そうなったら楽しみ。ねえ?」
 オバサン二人組はうなずき合っている。ロケハンは制作会社のスタッフがやるもので芸能プロがやるわけはないのだけれど、そんなことには気がつかないらしい。
「でも、そういうのって子役がいくらでもいるんじゃないの?」
 もうひとりのオバサンが眉をひそめて言った。
「もちろん芸能プロに所属している子役さんが大勢、出演します。でもメインの役にはこういう世界にスレていない新人を使いたいという監督さんの意向なんですよ。それでぼくたち、毎日こうやって」
「ああ、なんかわかるわあ、それ」
 オバサン二人はうなずき合っている。
「ね、それでそのドラマ、どんな人が出るの」
「ああ、そういうの、まだ部外秘なんですよ。制作発表会までは公にできないんです」
 でもね、と真二は声を低くした。「主役のひとりは、しょっちゅう恋愛ネタで芸能ニュースに出てくる男性です。いま、人気絶頂の」
 えーっ、誰だれ、と騒ぎだしたPTA二人組に会釈して、真二はゆっくりクルマを出した。十年落ちの黒いステップワゴンだが、そう言われてみれば撮影隊のスタッフカーに見えなくもない。
「真二、ほんまにウソつきやなあ。ようあないにペラペラごまかせるもんや。感心するわ」
「いちいち感心するな。おまえ、社長がなんでインチキでも芸能プロやってるか、知ってるか。こうやって、いろんなシチュエーションで使い勝手がいいからだ。覚えとけよ」
「ほう、そうなんや。こら、ええ勉強したわ」
 妙に素直に感じ入っている悠人を横目で眺めながら、それにしてもこんなのが仕事と言えるのか、と真二はまた気が滅入ってきてしまった。

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