第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 甘美なる作戦

『甘美なる作戦』

呉座紀一(ござ・きいち)37歳
1982年生まれ。岐阜大学卒業。医療法人勤務。


 ニューフェイス暴力団周辺者の日常

 1

 小学生のグループが三、四人ずつ小さな塊になって歩いてくる。大きい子は見当たらないから、せいぜい二、三年生といったところか。女の子は女の子同士で固まって、楽しそうにおしゃべりしている。
「どや、おるか?」
 助手席でデジカメをいじくっていた草塩悠人が言った。
「いや、まだおらんな。たしかほれ、なんとかゆうたな、あの――」
 しゃべりかけて、市岡真二は「なんていったっけ、あのリュック」と言い直した。悠人と組むようになってから、つい関西弁が口からこぼれ落ちるようになった。関西弁には伝染力があるからだと真二は思っている。
「あれやろ、マイメロディ。ピンクの」
「おう、それだ。あれを背負ってるからすぐわかるだろ」
 ショッキングピンクの可愛らしいリュックを背負って、ターゲットが自宅から出てくるところを、二人はけさ確認している。木之内さやか、武蔵野市立小学校の二年生。近頃の小学生はあんなものを背負うのか、とちょっとおどろいた真二は、二十二才にして早くも世間に置いて行かれた老人の心境に陥りかけた。
「しかしおまえ、流行りもんに疎そうやな。今どき、おばちゃんでもマイメロくらい担ぐで。休みの日に盛り場に行ってみい」
「しゃべってないで、ちゃんと見張ってろよ」
 真二はわざときつい声で言った。へいへい、と前を向いた悠人は、
「そやけど、おれら絶対、変質者に見えてるで。間違いないわ」
 くすんと鼻を鳴らしてまたしゃべりだした。「ええ若いもんが昼日中からこっそりクルマに隠れて、小学生の女の子を盗撮してるんやからなあ。恥ずかしくて、誰にも言えんわ、こないな仕事」
 うるせえ、と真二は左足で悠人のスネを蹴った。イテテテ、と悲鳴を上げたくせに、悠人の顔はヘラヘラ笑っている。
「けど、ほんまもんの変質者っておるやろ。ロリコンの。ああいうやつって、なんで小さい女の子に欲情できるんやろな。不思議だと思わん?」
「知らねえよ」
「でもおれ、モーホの気持ちはちょっとわかる気がするんだわ。健さんの映画とか見ると、男が男に惚れるっての、わかるもんなあ」
 草塩悠人は真二よりひとつ年上だが、ヤクザ映画の大ファンだった。「昭和残侠伝」、「日本侠客伝」、「網走番外地」といった高倉健のシリーズはもちろん、菅原文太の出演した「日本の首領」「仁義なき戦い」などの実録ものもほとんど見尽くしている。生まれ育ちは大阪だが、高校を中退して半グレ集団の周りにいるうち、地元にいられないような不始末をしでかした。東京に出て新宿でぶらぶらしているところを、歌舞伎町を根城にする麦山組にリクルートされたというのが悠人の自慢だった。
 別の組のチンピラ三人と大立ち回りをして、二人を失神させた腕力を買われたと本人は言っているが、真二は信じていない。背はそこそこあるものの、痩せぎすで、力はなさそうだ。口八丁なだけなのではないか、と真二はこの相棒をあまり頼りにしてはいなかった。悠人が組員になりたいと本気で思っているのかどうかも、よくわからなかった。
 現代のヤクザは先細りの衰退産業なので、どこの組もどんどん人が減っている。高度経済成長の時代には十万人越えだった組員が、今では二万人を割り込むありさまだ。とくにバブル崩壊からあとの減り方はすさまじく、毎年数百人が組を離れているという。
 前回の東京オリンピック頃を描いたヤクザ映画では、大親分はみな大豪邸に住まい、幹部は高級外車を乗り回している。今ではそんなヤクザはほとんど絶滅危惧種どころか、絶滅確定種である。麦山組も貧乏で、組員は十四人しかいない。そのうち六人は懲役に行っているので、娑婆にいるのは八人だけだ。
 親分、もとい社長は芸能プロと探偵社とスナックを経営している。どれもたいして儲かってはいない。それを統合している新明興業というのが、真二と悠人の所属する会社だった。新明興業の社員ではあるけれど、麦山組の組員未満である二人は、だからヤクザのインターンなのだった。
 悠人は義理と人情のために白刃をふるう健さんが大好きだが、麦山組の親分のためにどこかへ殴り込むかといえば、絶対にそんなことはしそうもない。真二にもむろん、その気はさらさらない。麦山親分は、ちょっとおっかない、ただの職場の親方でしかなかった。
「そういや真二、モーホのおっさんにモテるやん。ほれ、鈴蘭のマスターなんか、シンちゃんシンちゃん言うて、おまえの話ばっかりしてるやないか」
「うるせーって。いいかげんにしろ。それから仕事のときは関西弁使うな」
 真二は思い切り不機嫌な声を出した。幼い頃からまるで女の子みたい、と言われることが真二は大きらいだった。そのあとには、可愛らしいとか色が白いとかいったお定まりの言葉が続く。母親がおもしろがってマッシュルームカットにさせていたので、服装によってはほんとうに女の子に間違われた。女の子と遊ぶといつもイライラさせられていた真二には、それが不愉快でたまらなかった。だから小学校高学年になると、スポーツ刈りを好むようになった。幼い頃から女子にはモテた。ところが思春期に差しかかる頃から、今度は同性愛者の男にも好かれるようになった。どちらも鬱陶しくてきらいだった。

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