第19回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 砂中遺物

 プロフェッショナルの〈拉致チーム〉のリーダーとして十年以上活動している樋本はもともと陸上自衛隊出身で、その中でも精鋭である第一空挺団に所属していた。体を鍛える事が大好きで、休暇を利用して個人的な訓練に訪れたアメリカのPMC(民間軍事会社)にその才能と体力を見込まれて引っ張られ、自衛隊を除隊するとそのPMCと正式に契約した。その後は実戦部隊長としてアフリカ大陸の各地で警備や戦闘の指揮を執り、最前線で命を張ってきた筋金入りの兵士だ。契約満了後は慰留を振り切るように帰国し、報酬制で動く拉致監禁の実行部隊を創立した。その際に、英国のSAS(陸軍特殊部隊)が採用する偵察チーム編成を参考にして五人編成のフォーメーションを作り出したのだった。
 通常のコンバットパトロール部隊であれば十二人単位が望ましいが、偵察任務であれば敵に発見されないよう人数を最小限に抑え、SASの場合は四人チームとする事が多い。前方警戒及び斥候の任務を持つポイントマン、現場の指揮を執るチームリーダー、左右側面警戒及び無線連絡の任務を持つラジオマン、そして後方警戒任務のテイルガンである。
 拉致チーム編成にこの考え方を流用するにあたり、樋本は拉致の実行に欠かせない、車輌の運転を任務とするトランスポーターという役割を加えた。
 拉致ミッションは、私怨がからむ一般人のケースから政治家などVIPの不良息子を拉致するケースまでかなり幅広い。一番金になるのはVIPのケースで、麻薬その他の犯罪で逮捕されるのも時間の問題という馬鹿息子や娘の身柄を一時的に隠す為、身内の依頼により拉致するというものだ。成人してから指名手配や逮捕など警察沙汰となると名前が公表されてしまうので、親が自らの地位を守る為に、子が未成年のうちに各方面に根回しを行なっておきたいというケースだ。
 その手の仕事では、数人をまとめて拉致する場合もある。素行の悪いそういった子息は大概多額の小遣いを持っているため、悪友同士で集まって行動する事が多い。そこでその悪友たちもまとめて拉致する。一人だけいなくなると周囲の注意を惹くが、集団であれば親が「仲間とあちこち遊び歩いていて全然帰ってこない」と言えばそれで周囲は納得する。
 拉致を行う際、依頼人がターゲットの家族などの近しい関係である場合は敢えて実行日時を教えないというやり方もある。例えば「六ヶ月以内に実行」とだけ伝えておき、あとはターゲットの行動確認をしてミッションに適した日時を選ぶ。こうしておくと、いざ実行に移した際に依頼人にとってはある意味突然の家族の失踪となる為、捜査を行う司法機関に対して被害者、つまり家族がいなくなった者としてのショックを演じやすくなる。
 ミッションの準備として、まず与えられた情報を基にポイントマンとチームリーダーがターゲットの行動確認調査を行い、その情報を基に場所やメンバーの動きを決め、実行計画を決定する。実行時にはポイントマンとラジオマンが先乗りし、ミッションを計画通りに実行出来る環境である事を確認する。そしてトランスポーターを待機させ、チームリーダーとテイルガンが現場に入る。テイルガンは最後尾に付いて目撃者や通報者が出ないよう警戒し、追尾のルートを断つ。合理的で状況に応じて融通が効くシステムだった。

 今回のターゲットは、黄延威という名の四十代の中華系男性だった。クライアントは、那覇市に事業所を構える、こちらでの〈内地人〉の生活サポートを目的としたNPO法人。通常、クライアントが何者かという情報はチームリーダーである樋本以外には知らされない。そして、ターゲットの素性、依頼の理由と目的は樋本にすら伝えられない事が多く、樋本が対クライアント交渉窓口として雇っているフリーランスのエージェントによってそれらの情報は専有的に管理される。これは現場のメンバーが司法機関やクライアントに敵対する組織に身柄を確保された場合の保険で、人間は知らない事は話せないというごくシンプルな法則に則っている。
 とはいえ今までの人生経験で学んだ、情報を制する者が勝つという鉄則に沿って、樋本の方でも独自に調査を進める場合も多く、それはエージェントも黙認しているようだ。
 今回のターゲットである黄は〈中央〉の党高官。生来の商才と非倫理性を駆使して私腹を肥やした挙句、国連暫定統治区を通して海外への資金移動とその身の脱出を目論んでいるらしい。あちこちに金を握らせてルートを確保したようだが、どうも肝心な方面に金を握らせなかった為に制裁が加えられるのではないかというのが、樋本が得た情報だった。クライアントであるNPO法人の正体は靄の中で、調べても全体像がはっきりしない。そういった組織は往々にして隠れ蓑だ。黄の拉致を依頼するとなると、隠れ蓑の中身はうっすらと見当が付くが。

 クライアントの窓口となる人物も、ターゲットも、内地人。どいつもこいつも人の土地で好き勝手しやがって……日本という国が消滅してからというもの、万事がこの調子だ。由佳を従えて夜の街を突っ切りながら、樋本は眉間に皺を寄せた。

 イヤフォンの中でミッション開始前の確認が行き交うのを聴きながら、由佳は大股で歩く樋本の後にぴったりと付いていた。
このあたりからが所謂銀座の飲み屋街だ。狭い道路のど真ん中、クラブの入ったビルの正面入り口にこれ見よがしに停車する黒いリムジン、そのドアを開けて出てくる脂ぎった内地人の中年男を、笑顔とたどたどしい普通話で出迎える和服姿のママ。そしてこの寒いのに肩をむき出しにしたドレス──というより薄い布切れを身に纏い、まるで映画スターが登場したかのように嬌声を上げるホステスたち。樋本と由佳はなるべく彼女らの視線に入らないよう道の端を歩くが、視線はあまり心配する必要はなさそうだった。そもそも今の銀座の女性たちは、日本国家が消滅して以来〈和族〉と呼ばれるようになった旧日本人になど洟も引っ掛けない。

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