第22回『このミス』大賞 1次通過作品 バンカー・バンカー
地下千メートルで起きた異常事態
みな謎の死を遂げていく、どこまでも物理的に
『バンカー・バンカー』堂ジョン
女優をめざす「私」はある日、若き素粒子物理学者、国峰明日香に呼び出された。彼女と容姿がそっくりな「私」に影武者をつとめてほしいと持ちかけられる。「私」はそれをひきうけた。一方、転職先をさがしていた「僕」は、同じように国峰の秘書、荒木真司から呼び出され、荒木の代役を依頼される。「僕」の容姿もまた荒木そっくりだった。相手が入れ替わったことを互いに知らないまま、「私」は国峰、「僕」は荒木のふりをすることになった。
ふたりが向かったのは、国峰が勤める国立T大の素粒子ニュートリノを観察する実験施設だった。そこは鉱山跡地の地下千メートルにあり、有事の際に政府中枢機能を移す「バンカー」を秘密裏に併設していた。同行者は、大学教授、元ゼネコン部長、官僚、そして議員秘書の四人で、あわせて六人がこの秘密施設の試験運用のため、一週間を中ですごす任務についた。ところが二日目の朝にトラブルがおこり、出入り口が崩落、何者かによって外部との通信手段が破壊され、六人は外に出られなくなった。そこで刺殺体が発見された。
地下深く秘密裏につくられたバンカー(政府の有事代替施設)という大胆な密室を設定し、本物と入れ替わったニセモノ主人公ふたりの視点から描かれた本格ミステリだ。奇妙な状況と異常事態の連続でドラマから目が離せなくなる。あからさまな「人物入れ替わり」ではじまる作品ながら、けっしてあらすじだけ読んで、あなどるなかれ。おそらくおおまかな見当はついてもすべての真相を正確にいい当てられる人は少ないだろう。受賞作候補として文句なく挙げたい。と言うより、これにケレンを入れ込めば、もっと面白くなるのでは、という考えが膨らむばかりだ。たとえば「実験施設」と書かず、「スーパーカミオカンデ」に匹敵する派手派手しい名称をつけたり、物理学関連の蘊蓄や「あるある話」をもっとちりばめたりするなど、凝れば凝るほど、わくわくする作品になる気がする。唯一の欠点は最後で明かされる犯人像や動機だと思うが、とりあえずそんなことはどうでもいいと思うほど、わたしは興奮して読んだ。
(吉野仁)