第22回『このミス』大賞 1次通過作品 脳取-ノットリ-
多重人格者による殺人事件の裁判と
脳内に宿った”意識”の陰謀を描く奇想サスペンス
『脳取-ノットリ-』山田星霜
ノーベル賞候補と称される再生医学の第一人者・矢野哲朗が殺害され、有力容疑者である「僕」こと佐川翔太は、被害者の養子・矢野アキオとして裁判を受けていた。佐川は解離性同一性障害を持つ矢野アキオの別人格であり、犯罪に対する責任能力を持たない――として無罪判決が下されるが、捜査を担当したベテラン刑事の桃井望は、何者かによって「容疑者の精神疾病という、判決を覆す程の重大情報」が隠蔽されていたことに疑念を抱く。
ここで物語は過去へ遡る。佐川家の息子として生まれた翔太には、幼い頃の脳腫瘍が原因で植物状態に陥り、両親を交通事故で失って哲朗に引き取られ、矢野アキオに改名したという来歴があった。やがて意識を取り戻したアキオは、二十四歳の時に「佐川翔太」の人格を発現させる。いっぽう作業療法士の神崎今日子は、哲朗の研究所でアキオの介護人を務めながら、母親の研究を奪った哲朗に復讐する機会を窺っていた。
多重人格者による殺人という特殊なケースを起点として、そこに至るまでの経緯と異様な真相を描くサスペンスである。殺人者の”別人格側”の視点で始まる冒頭、スキャンダラスな裁判などで読者を惹きつけ、検察に控訴させるべく刑事が再捜査を始めるところまで誘導する流れもスムーズだ。
真相はいささか強引だが、科学的な整合性を云々するのは全くの野暮。奇想に基づくフィクションと割り切り、B級感を伴うクライマックスを含めて、ことの顛末を楽しむのが妥当だろう。とはいえ構成には改善の余地が多く、頻繁に「アキオ」と「アキラ」が混在するなどの粗雑さも目立つ。プロットには牽引力があるだけに、改稿を前提として二次選考に進めておきたい。
(福井健太)