第22回『このミス』大賞 次回作に期待

『恋愛リアリティポリス』英雄飛
 設定も展開も細部まで計算されていて、まったく飽きることなく楽しんで終盤まで読める。文章のテンポの良さ、それでいて情景も心情もしっかり伝わる描写はさすが。エンタメ小説としての練度は読んだ中でも上位だった。
 ただ、真相が弱い。真犯人については早々に見当がついてしまうし、展開にも真相にも意外性がない。筆力やキャラクター造形、物語の構成力は充分で、このままドラマにしても人気が出そうなくらいだが、これはミステリの賞なので、やはりサプライズや新味のあるトリック・ギミックを重視したく、その点で一歩及ばなかった。なお、著者のデビュー作『アイドル潜入捜査官 小田切瑛理』(ポプラ文庫)が大好きなので、ここで新作が読めたのは嬉しかった。期待してます。

『月下の街で』陽下識
『月下の街で』は、善意の小説だ。資産家の娘に苛められている中学生二年生の遊月。彼女は幼いころに母を失い、父に育てられてきたが、その父も亡くなってしまった。孤独になった彼女に、ある女性作家が救いの手を差し伸べる――という序盤から物語が拡がっていくのだが、エピソードの紡ぎ方が巧みで、思わず頁をめくってしまう。女性作家との関係が育っていく様、あるいはいじめっ子と遊月が対峙する様、人物描写がしっかりしているので小さなエピソードでも読ませるし、殺人事件などの大きな題材でももちろん読ませる。そうしたストーリーのなかで、いじめっ子の心理や殺人者の心理もきっちり描いた上で、善意の小説として完成させた点が本書の強みだ。ただし、物語の途中で刑事が独断で「ある許可」を遊月に出すのだが、ここは現実離れしている。しかも、現実離れによるトーンの変化が唐突なのだ。客観的にみて、弱みといわざるを得ない。しかしながらこの刑事の独断も、実のところ嫌いではない。そう思わせるような書きっぷりであり、絶対評価でいえば好きな作品なのだが、相対評価の結果、二次選考に推す作品からは外さざるを得なかった。唐突感を如何に排除できるかを検討の上、再挑戦を期待したい。

『キグウにもほどがある』悪原霞
 十年間外出していない”象牙探偵”こと隠崎隠理のもとに、孤島で八人の男女の死体が発見されたという知らせが届く。隠崎は助手を現場に派遣した後、その助手と刑事から事件のあらましを聞き、心理学者と七人の被験者たちが殺される経緯を綴った”被験者の手記”をもとに真相を推理する。本格ミステリーとしての狙いは明確だが、探偵の造型、事件の状況と見せ方、手記の仕掛け、関係者の隠された属性など、全方位的に既視感が強く、ある傾向の作品群へのファンレターに留まっている。型を踏まえた構築力を持つ書き手だけに、オリジナリティを打ち出せれば化ける可能性は高いだろう。

『ダーティ・マネー』竹鶴銀
 世界的な人気アーティスト・小宮山大樹は、七年前、娘が誘拐され殺されたときに支払った身代金三千万円の中の一枚を「記憶」と題して絵画を発表した。この壱万円札の記番号を捜してほしいと集まったマスコミに語る。その懸賞金は三億円。ニュースはたちまち日本中を熱狂させ、だれもがATMや銀行などで金を下ろそうとして収拾のつかない事態となり、予想もしない暴動へと発展していく。これは本賞第12回で一次通過した別名義応募作のアイデアをもとに書き直したものだという。浮世離れした人物による奇抜な行為ではじまる物語だが、話を楽しむ以前に、読んでいて重かった。語りや説明がくどく、登場人物の視点で展開するドラマに乏しいのだ。アイデアとプロットが先行しすぎているのだろうか、まずは登場人物の人間像をしっかりとつくったうえで、彼らが体験するドラマが眼前で展開してるかのごとく軽妙に書いてみてはどうか。

『シェアハウス(共生)』ジョージ・ファーイースト
 太平洋戦争の終わりとともに途絶えた実験、殺された殺し屋と同じ手口の連続殺人事件、『屋敷』なるシェアハウスで入居者たちとともに医学博士の実験台になる大学生といった具合に、B級テイストながら魅力的な材料が並び、伝奇小説のような話が繰り広げられるのかとワクワクした。ところが読み進めてみると、メーターが振り切れたような描写や展開、阿鼻叫喚と呼べるほどの壮絶なクライマックスもなく、暴力団と警察の戦いのあとに大きな災厄の訪れを匂わせる程度で、せっかくの“共生”ネタもいまひとつ活かし切れないまま終わってしまって、じつに惜しい。
 絵空事を真に迫るものとするには、やはり細部が疎かであってはならない。軍隊、実験、医学、裏社会、警察といったものをより入念かつリアルに書き込み、そこに常識ではあり得ないフィクションを加えることで、書割のような平板さが打ち破られ、より厚みがあって迫力ある物語世界が生み出されるはずだ。また登場人物についても、強烈な個性を備えた印象に残るキャラの不在がもったいないと感じた。もっと緻密で念入りに、もっと過激で奔放に。ぜひ型破りなエンタメでの、またのご応募を心よりお待ちしております!

『雑草はスミレに憧れる』新村勢
 思わぬきっかけで、オフィスで不倫相手を死なせてしまった男。だが、男が目を覚ますと彼女の死体は消えていた。やがて彼女の死体は別の場所で発見され、男は混乱する……という物語の合間に、関係なさそうな他者の回想が挿まれる。
 丁寧にまとめられた作品だが、惜しいと思ったのは、ある人物の性別を誤認させるために用いた叙述トリックだ。いちおう地の文で嘘は書いていないものの、かなり「守り」に入った書き方なので、真相が明かされた時の驚きが弱くなってしまっている。こうした趣向の作品で印象に残るのは、最初に読んだ時は気づかなかったけれど、読み返すと実は踏み込んだ記述の存在に気づく、むしろここで気づいてもおかしくなかったのでは? と読者に思わせるタイプのもの。もちろん途中で読者が気づいてしまうリスクは生じるものの、あえて勝負に出た作品を読みたいと願っている。

『窓の外の惑星』清水潤一
 違う場所の出来事が並行して綴られていく形式で、SF設定の作品です。小説全体に関する着想自体は目新しいものではなく、何年かに一度は一次の箱に入っている程度のものです。なので、その落ちに進んでいく物語のほうで勝負しなければいけない。最後に種明かしをしただけでは拍手喝采とはいかないのです。本作は残念ながらその点で物足りないと感じました。並行する二つの物語にこれといって魅力がないのです。最後のオチで驚かせることができればそれでいいだろう、と作者が楽をしているように見えてしまう。応募者は、自分が思いついたことぐらいは以前にも誰かがやっているに違いない、と考える癖をつけてください。その上で、ではどうすれば既出の着想でも新しく見えるだろうか、と。絶対に新しいものを考えなければいけないわけではありません。この趣向は新しい、と読者に言わせられればそれでいいのです。ワンアイデアでは無理。出し惜しみせずに思いついたことをどれだけ詰め込めるかを試してみましょう。

『死期予見』本郷真人
 本作でまず気になったのは、小説の書き方だ。三人称と思われる記述のなかに「私」の視点が混ざっていたり、あるいは、カギ括弧でくくったセリフの末尾に句点が置かれたりしており、不慣れなのかな、と思ってしまったのである。だが、ストーリーには引き込まれた。一週間以内に死ぬ人物の死の瞬間を予見できるという特殊能力を備えた女性が、その能力を利用し、自分自身は手を汚さないかたちで人を何人も殺すのである。こうやって要約するとなかなか無茶苦茶なのだが、それを、読者に刺激を与えるような流れでシーンを繋いで頁をめくらせてしまう。ここがまず第一の長所。さらに、ペンチで歯を折るような残虐な場面も擬音とセリフと地の文をリズミカルに繋いでいて素敵だ。こちらは第二の長所である。ただし、一本の長篇としてみると、後半に入ってストーリーに単調な面が出てきて、息切れを感じてしまう。そのまま失速するかと危惧したが、なんとか持ち直し、ラストスパートは出来ていた点は評価したい。二つの長所を活かしつつ、全体の構成を強化し、小説の書き方に注意を払うことを考えてみて頂ければと思う。

『アカウンティング・ウォーズ――会計の神様ランキング』小森ユカ夫
 監査法人に勤務する公認会計士のヒロインが、副理事長の罠により解雇を告げられてしまう。そこで彼女は、失ったクライアントの報酬を上回る年間報酬百億円を巡って争われる大規模会計コンペに出場し、優勝を目指す……。というユニークな内容で、応募作のなかでもひと際強く目を引いた。コンピューター上に用意された架空会社の監査を行ない、いかに会計不正を突き止めるかで実力を競い合うゲーム性も面白く、オンライン会計ゲーム「アカウンティング・ウォーズ」のトッププレイヤー“会計の神様”たちが参加している可能性、コンペに仕組まれた壮大な企み、そして見せ場を意識したクライマックスなど、先を追いたくなる話運びの上手さにも好感を持った。
 ただし、わざわざこうしたコンペを豪華客船上で開く費用対効果と株式市場が混乱に陥る流れには、アイデアの斬新さや盛り上がりよりも首を傾げる方が勝ってしまい、一連の事態の動機についても膝を打つまでには至らなかった。あと、表現や言い回しがふさわしいとは思えない箇所がたびたび見受けられるので、より読者が吞み込みやすく、イメージしやすい文章を心がけていただきたい。

『Black Puzzle』小寺無人
 文章とキャラクター造形が実にいい。読んでいてまったくストレスなく、情景や人物が目に浮かぶ。この文章力は財産です。
 この真相では弱いな、と思ってからさらに先が用意されているのも巧い。が、せっかくの真相が思ったほど効果を挙げていないのが残念。村の持つ秘密、家の持つ秘密、主人公の持つ秘密の合わせ技はスケールが大きくて魅力的だが、前の二つについては「なぜそれを秘密にしなくてはならなかったのか」が弱いし、最後のひとつについては伏線が薄くて唐突感がある。人物、舞台、文章、真相といった個別の要素は充分上手いし、「書ける人」なのは間違いないので、構成を再考すればかなり面白くなると思う。

『インコレ(クト)』中村駿季
 探偵事務所を訪れた女性は、娘を殺した犯人を捜してほしいと依頼した。それは警察の仕事だといっても聞かない。高額の報酬を提示され、事務所は依頼を引き受ける。やがて、依頼人の娘と同じ方法で殺された第二の被害者が……。
 探偵事務所の所長と、そこで働く二人の対照的なキャラクターが印象に残る。その片方に出生の秘密を持たせた作りも悪くない。殺人者の正体、とくに序盤にある形で登場させる趣向もいい。
 個々の要素は十分な魅力を備えている。だが、それらがお互いに響き合うことがなく、ばらばらに置かれているような印象を受けるのが惜しいところ。抽象的な言い方になってしまうが、要素同士の響き合いにも配慮していただければと思う。

『挑戦状』藤沢諒香
 専門スキルと対人スキルに長けた優秀なエンジニア・ケイ。その正体は数え切れないほどの機密情報を盗んできた凄腕の産業スパイである。謎の男に「あなたと『勝負』がしたい」と電話で告げられ、挑戦状を受け取ったケイは、相手の指示通りに「勝負」への参加を宣言する。一か月後に謎の組織「奴ら」が重工業メーカーのスキャンダルを暴露するので、その前に内容を突き止めて阻止せよ――というのが挑戦の内容だった。優秀な産業スパイと謎の組織が対決し、思惑を逆手に取ろうとするシチュエーションは興味深く、コンゲーム的な面白さもある。真相はやや肩すかしだが、奥行きを感じさせる結末は悪くない。高度な頭脳戦を織り込める設定だけに、そこを練り上げれば傑作になり得たはずだ。著者の捲土重来に期待したい。

『クリミナルズ・ジャム』京弾
 犯罪小説だ。主人公たちが決行する銀行強盗から始まり、出会い頭の人助けと殺人、そして逆恨みした「毒蛇」という異国のマフィアに狙われるようになるという導入部は抜群に素晴らしい。テンポの良い展開に、強烈な個性を備えた毒蛇(現場に残された血液や吐瀉物を舐めて情報を得たりする)の造形、助け出された少女の個性、さらには、指やペニスを切り取ることの必然性など、ストーリーもキャラクターもロジックも、すべて適切に揃っており、しかも、描写力も優れていた。だが、残念なことに読み進むにつれて登場人物が漫然と増加し、小説が緩んでいく。主人公がいったん海外に行く流れも、あまり効果的とは思えない。物語は終盤でようやく緊密感を取り戻し、そして決着に至るのだが、中盤が惜しまれる一作であった。なお、物語としては典型的な犯罪小説であり、毒蛇と少女という二人の準主役の人物像が新鮮味をもたらしているという小説なので、二次選考や最終選考が“新しさ”での勝負となると旗色が悪い。無理にそれを求めると、著者の持ち味が崩れてしまう可能性があるのだが、次作の執筆の際には、頭の片隅にこの観点も置いておくのがよかろう。もちろん筆力で圧倒するという手もあるので、無理はなさらぬように。

『キンドレッド・ラプソディ』丘山郷音
 間もなく80歳を迎える資産家の藤堂和馬には、跡継ぎと言えるのはまだ幼い孫息子しかいない状態だった。孫への相続をしっかりしたものにする過程で、自分の過去の戸籍に全く見ず知らずの「徳永祐樹」という人物を認知したという記録が残っていることを知り、驚愕する。これはいったい何者なのか。なぜ、このようなことが起ったのか。
 藤堂和馬は顧問弁護士の島津に相談する。実際の調査は、島津の娘でやはり弁護士である絵莉が行なうことになった。
 調査が進むにつれ、明らかになった驚愕の事実とは……。
 基本的なテーマは悪くないし、よく調べて書いている。キャラクターについても、細かく設定している。だが調べたことや設定したことを「全て書く」必要はない。かえって、読者をうんざりさせてしまう。
 調査した事実などを語るのは、必要最低限で十分。何から何まで書いたら、それは「文字数稼ぎ」「ページ数稼ぎ」にしかならない。また設定した事柄も、それをずらずらと並べ立てるのではなく、物語の展開やキャラクターのセリフなどから読者に「判らせる」ようにすればいい。
 一方で、全体のプロットのサスペンスや山場が足りていない。メインの謎だけでは、長編一本を支える骨としては強度不足だ。
 文章力はあるので、ストーリーの組み立て方や「どこまで語るか」の按配を身につければ、もっと面白い作品が書けるようになるだろう。「次回作」でいきなりプロ作家並みの完成度を求めるのは難しいかもしれないが、書き続ければより一層「読ませる」作品を生み出せるはずだ。

『ジャッジ・キラー』渋川紀秀
 冤罪死刑判決という重大な誤判問題を俎上に載せて、裁判所の権威主義を批判し、裁判官のあるべき姿とは何かという大きなテーマに挑んだ点を評価します。理想と現実の間で葛藤する令状部所属の女性裁判官である主人公を始め、信条の異なるキャラクターを描きわけてストーリーに緊張感を持たせてページをめくらせる力もあります。中でも主人公の補佐官となる事務官の造形は魅力的でした。ただし、テーマを重視するあまり小説としてギクシャクした箇所が散見され完成度に難があるため一次通過には至りませんでした。具体的には、対立する立場にある人物が延々と自説を開示し合うシーンや、複雑な日本の裁判制度を説明するシーンなどです。ともに物語に落とし込めていないため、前者は台詞だけで繋ぐテレビドラマを見ているような気になりますし、後者は読者に目配せしたナレーションに感じられてしまいます。厚みのあるドラマを作る力があると思いますので捲土重来を期待します。

『三原色のロックンロール』椎名紗羅
 河野明里は、ネットカフェの店員だが、店で密かに「盗聴」をしていた。そこへ警察がやってきた。空き家で女子高生の絞殺死体が発見され、容疑者であるホームレスが店内に潜んでいるという。明里は、逃げ込んできた事件の容疑者である喜多村錠ともうひとりの男を助けて店から脱出させた。やがて錠と男は明里の家に転がり込んだ。錠は無実だと訴え、自分が警察に追われることになった経緯を打ち明けた。
 場面場面はとても面白く読んでいった。だが、章ごとに話者が替わるだけでなく、過去のエピソードが挿入されると話が見えづらくなる。なにより、すべてご都合主義である。鍵を開けられる解錠師と警察の情報をハッキングできる男が登場し、しかも出会ったヒロインのかかえる家族問題ともつながりがあるなど、ありえない設定や偶然が多すぎる。そのあたりを整理し、もうすこし現実味を考慮すべき。文章については段落のとりかたを気にしてほしい。読ませる力はあるので、より自然な話にすることを心がければ、もっとよくなると思う。

『クリームソーダ』もも
 被害者と加害者の間に面識がなく、動機も不明に思われた女子高校生殺害事件の意外な動機を核に作り上げられた物語です。犯人である男子高校生と被害者の繋がりに工夫が見られる点や、過去に心神喪失により犯人が無罪となった殺人事件が遠因となって、犯人が殺人を犯すにいたる筋立てに光るものを感じました。一方、最後に明かされる動機は説得力に欠けていて意外性に膝を打つというよりは、犯人の独りよがりに感じられてしまいます。また、殺された二人の女性の片方の名字ともう片方の名前を同じにした人物誤認トリックは、単に読者をびっくりさせるためだけのもので本筋と絡まず無意味な点がマイナスです。一人の人物の視点で一人称と三人称が混在する箇所がいくつも見られました。ミステリのセンスがある書き手だと思いますので次回作に期待します。

『黒い天使の死の歌』原田譲
 元自衛隊員で傭兵経験者、今は裏社会絡みの人探しを生業とする男を中心に、あるミュージシャンの失踪とその背後の事情を描く。
 密度の濃い描写で、アクションも読みごたえがあり、これは一次通過作品に……と思っていたが、惜しいところが二つあった。
 一つは、語りの単調さ。描写の密度の濃さゆえか、常に同じテンションに感じられ、実際のストーリー展開にはそれなりに緩急があるにもかかわらず、語りの勢いが特に変わらないため、常に調子が変わらないのはもったいないと感じた。
 もう一つは、特に後半で重要な役割を担うある人物の描き方。何らかの秘密を抱えていることが示されていたとはいえ、実は中国の情報機関のエージェントだったという設定はかなり唐突なものに感じられた。
 ただ、丁寧な描写と、細部まで考慮されたストーリーの組み立ては、十分な実力を感じさせる。まさしく、次回作に期待したい。

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