第15回『このミス』大賞 1次通過作品立読み 『変死区域』

『変死区域』

田内杏典(たうち・きょうすけ)26歳
1989年生まれ。プログラマー。


     01

 昼間の秋晴れが嘘だったかのように、いつの間にか雨足が強まっていた。
 時おり吹き荒れる突風が、紅葉間近の街路樹をなぎ倒さんばかりに揺さぶっている。
 市街地を抜けて五分が経っていた。信号で何度も足止めを食っていた。やたらまぶしい街灯やネオンはもう見えない。人影も消えていた。汚いガレージばかりが目についた。
 目に映るものすべてが暗示的だった。ひどい未来を見ている気がした。それでも、しばらく濡れそぼった景色をながめていた。
 最後の曲がり角を左折した直後に無線が鳴りだした。通信課の職員いわく、郊外の住宅でトラブルが起きたとか何とか。まったく迷惑な話だった。馬鹿なカップルがでかい声で延々と痴話喧嘩をしたせいで、騒音に耐えかねた近隣住人が通報をよこしたらしい。
 おれはずっと黙っていた。ヘンステルも同じだった。退屈な仕事を控えて口をきく気も失せていた。互いの息遣いだけが妙にクリアで、それが虚しさに拍車をかけた。
 パトカーは庁舎に近づいていた。呼び出しから二十分。サイレンなしでの帰還。こんな時間なのに、エントランスに十人近い人間が固まっているのが見えた。ひとりひとりの顔までは見分けられなかった。おそらくは、仕事熱心な記者とカメラマンども。連中の真横を突っ切った。だれもこちらに気づかない。そのうち飽きて切り上げるだろう。
 ヘンステルは車両を裏口に駐めた。憂うつな気分のまま外へ。ポリスジャンパーの襟首を直した。凍える警備員を横目に通用口に入った。ヘンステルの足音が続いた。
 刑事部屋には寄らず、まっすぐ留置場へ向かった。薄暗い階段を下りて。湿っぽい廊下を進んで。職員の出入りは少ない。宿直のアンダーソンがくたびれた顔で出迎えた。
「どうなってる?」
「一時間前に捕まりました。三号監房にいます」
「どんなやつだ?」
「氏名不詳、白人男性、三十がらみ、中肉中背。やって来るなり窓口で喚き散らしてこのザマです。どう思いますか?」
 ため息が漏れた。力が抜けていく。呆れるしかない。
「こんなのがホシだったら何の苦労もないな」
「ええ、まったく同感です」
 アンダーソンは吐き捨てるように言って、腰のキーチェーンに手を伸ばした。
「こうなると、乾いた笑いも出てきませんよ。類は友を呼ぶってこういうことだと思うんですけどね。これが災難じゃなきゃ何なんです?」
 返す言葉もなくて、おれはただうなずいた。
 アンダーソンは面倒くさそうにドアを開けた。
 頭上からまばゆい光が降り注いでくる――ふと見上げて、フロアの蛍光灯が片っ端から新調されていることに気づいた。
 ヘンステルと並んで歩いた。右手には鉄格子がずらり。盛況につき空室なし。ここぞとばかりに未決囚どもの冷やかしが始まった。
 ひったくりでパクられたボクサー崩れが指笛を吹き鳴らした。隣人の飼い犬を射殺したアル中が女房に電話させろと叫んでいた。

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