第15回『このミス』大賞 1次通過作品立読み 『沙漠の薔薇』

『沙漠の薔薇』

薗田幸朗(そのだ・ゆきお)59歳
1956年生まれ。大阪府出身。
大阪大学大学院工学研究科卒業。
総合電機メーカーにて研究開発に従事。技術史(原子力・放射線)、APECエンジニア(電気)。


 二〇一四年八月二九日午前四時三〇分 イラン中央部の沙漠地帯 
 砂漠に夜明けが訪れようとしていた。満天に燦めいていた星々は、藍からスミレ色へとしだいに明るさを増す空に、ひとつ、またひとつと溶けてゆく。やがて、地平線の彼方から放たれた暁光に、上空の雲が金色に輝き始めた。
 イランの首都テヘランから南に一三五キロ。イスラム教シーア派の聖都コム。その東に広がる沙漠地帯。サハラ砂漠やアラビア砂漠のような、果てしなく連なる黄色い砂丘などない。乾いた土と硬い礫に覆われた不毛の大地。土沙漠あるいは礫沙漠とも呼ぶべき灰色の荒野。その沙漠の東の端――。
 間近に迫る山岳地帯を背にして、照明灯で囲まれた広大なエリアが闇に包まれた大地に浮かんでいた。その中央を巨大なコンクリート製の建造物が占めている。一辺が四百メートル以上あり、窓はなく、大きな競技場が入るほどの床面積に対して、二階ほどの高さしかない異様に平たい施設。隣には作業員が駐在する事務所と思しき建屋があり、周囲の駐車場にはイラン革命防衛隊の戦車や装甲車、軍用に改装された四輪駆動車が並んでいる。その広大な敷地全体を監視灯と有刺鉄線を巡らした高いフェンスが囲んでいた。
 イランが国家の命運を賭けて建設した核施設、《メフルダード太陽の賜物》と名づけられた核燃料開発センターである。
「今日も動かないのかしら?」
 ショシャナ・コーエンは双眼鏡を覗いたままつぶやいた。口の中が砂でざらつく。水筒の水を口に含んで舌と喉を湿らせ、砂とともに吐きだした。
 空気が冷たい。からだ中の筋肉が強張っている。ショシャナは下半身をテントの中に伏せたまま、ネコ科の大型動物のように身体を伸ばした。沙漠用の迷彩服は乾いた汗の臭いを発し、髪は絡まって不快だったが、そんなことなど気にしていられなかった。
 施設の周辺に点在する小さな丘。その頂上にある岩の陰に潜んで見張りを始めて五日目になる。一週間前、祖国イスラエルの無人偵察機機が、この付近でイラン軍のミサイルに撃墜された。その意図は明らかだった。見られては困るものがあるのだ。
 監視衛星が地上のある地点をカメラに捕らえていられるのは、一日に一回で、わずか八〇秒間しかない。人の動きまでわかる精細な画像を得るために高度二万七千キロの低い軌道を保つには、高速で飛行しなければならないのだ。定期的に撮った画像を比較すれば、基地や核施設の建設が進んでゆく様子はわかるが、短時間の活動や変化はちょうどその時に衛星が真上にいなければ認識できない。そのために飛ばした無人偵察機ヘロンTPだったが、《メフルダード太陽の賜物》に近づいただけで撃墜されたのだ。このため人による情報収集が必要になり、ショシャナは翌日から一人で沙漠に潜んで監視任務に就いたのだった。
「奴らも必死なら、こっちも必死。来週にはIAEA国際原子力機関の査察が始まる。見られたくない機材や装置類があれば事前に持ち出すはず。アメリカや祖国イスラエルの偵察衛星が上空にいない、監視網に死角ができるこの時間帯を狙って」
 その時、ひとすじの光がテントに射し込んだ。太陽が姿を現したのだ。ショシャナは眩しそうに顔をしかめると、サングラスをかけた。
 陽光は冷え切った大気の中を拡散し、静止していた空気がゆっくりと動き始めた。乾いて、ひび割れた大地の上を、細かい砂がかすかな音をたてて流れてゆく。棘だらけの、厚い緑褐色の葉を持つ灌木と、昼夜の激しい温度差でぼろぼろになった岩が、黄ばんだキャンバスに点々と付いた小さな染みのようだ。 今日もまた、灼熱の陽光が荒野を焼く時間が始まる。

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