第13回『このミス』大賞 2次選考結果 千街晶之氏コメント

大賞をとってほしい3作品

 今回は自信を持って大賞候補として推した作品が三作もある。隅々まで計算された騙しの技巧が冴える『女王はかえらない』、自衛隊という舞台ならではの独自性ある謎解きが展開される『深山の桜』、そしてこの賞に応募された時代ミステリーとしては過去最高の出来の『八丁堀ミストレス』だ。どれが大賞でもおかしくないし、どの作品にも大賞をとってほしいというのが正直な気持ちである。例年、私が絶賛した作品は大賞をとれないことが多いので、作者のお三方はこの選評を見て死亡フラグが立ったような不安に突き落とされたかも知れないが、今回はこの三作を他の二次選考委員も高く評価しており(『深山の桜』だけは村上氏が辛い点をつけたけれども)、どうか希望を失わないでいただきたい。
 次いで評価を集めたのが『夢のトビラは泉の中に』。最後のどんでん返しがわりと早い時点で見えてしまうのが難だが、文章もキャラクター描写も高水準であり、最終に残す価値はあると判断した。『キラーズ・コンピレーション』については、こういう伊坂幸太郎『グラスホッパー』的な殺し屋小説はさまざまな新人賞の応募作で飽きるほど読んできたので点が低くなったものの、面白く読めたのも事実なので、これも残すことに異存はない。問題は『風俗編集者の異常な日常』で、小説としての面白さは認めるにせよ、ミステリーとしてはあまりに弱い。ミステリーの新人賞でこの程度の作品を最終に残すのは作者本人のためにもならないと主張したが、他の選考委員に理解してもらえず残念である。
 次に、最終候補にあと一歩及ばなかった作品について。一番惜しかったのは『蛾蝶の舞う夜に』だった。文章力、構成力、真相の意外性、そして蛾女のイメージが醸し出すホラー的な不気味さ、いずれも非凡であるにもかかわらず、記述があまりにアンフェアなので推せなかった(Aという人物がBという人物になりすましている場合、地の文でBと書いてはいけないという基本中の基本すら守られていない)。落選組の中では最もただならぬ才能を感じたので、ミステリーの基礎的な書き方を身につければ鬼に金棒である。是非とも再挑戦を。
『哀しき煙塵の果て』は、完成度の高い優等生的な作品だが、新味に欠けるという他の選考委員の意見には頷かざるを得なかった。『リッパーマニア』の完成度も決して低くはないが、いろいろある「切り裂きジャックもの」の前例と比較すると弱い。複雑に入り組みすぎていて、すっきり謎が解けた印象が乏しかったので、もう少し真相を整理したほうが良かったかも。あと、探偵役は作中で言われているほどエキセントリックな人物とは思えなかった。『イカのタワー』はとにかく読んでいて楽しかったけれども、結末が意外と呆気ない。『完全寛解』は全体の九割くらいまで読んだ時は「これは最終候補だろう」と思ったが、あと一割で着地失敗。ガンの治癒の謎だけに絞って(この部分の謎解きは極めて秀逸)、その他のテロは省いたほうが良かったのでは。『ムラサキ』はB級の魅力に徹したところを買うものの、細部の詰めの甘さは見直しが必要だろう。『おお! サンタマリア!』の作者は以前の応募作より格段の進歩を遂げている点を評価したいが、エピソードにどこか借り物っぽさがある。『未来人がきた!』は、他のタイムトラベルものの候補作と比較されて損をした。『ブラックリスト』はそれなりに楽しめた代わり、最終に残したくなるほどの強烈な磁力も乏しかった。「一次選考は通れるがそこから先にはなかなか行けない」という最も危険なループに陥りがちなのはこういうタイプなので、奮起を期待したい。
 ここから先は更に一段落ちる(といっても今回、選考委員全員がCをつけた作品は珍しくひとつもなかったことは記しておきたい)。『旅の記憶』は雰囲気は悪くないのだが構成が散漫。『MIND MAN』はありがちな設定だし、現在と過去の切り替えにもっとめりはりをつけてほしい。『かくれんぼ』のような「バトロワもの」(デスゲームもの)はこの賞に限らず今でもよく応募されてくるが、完全に飽和状態なので、よほどの新機軸が用意されていないかぎり評価に値しない。前々回、柊サナカ『婚活島戦記』が何故最終に残ったのかをよく考えてほしい。『いのちの研修』は途中までは緊張感があったが、最後まで読むと竜頭蛇尾。『真実の恋』は企業小説的な部分とファンタジー的な要素の食い合わせが悪すぎる。『ノーマンズ・アイランド』は設定に凝りすぎて物語が埋没気味だし、句読点の奇妙な使い方にも意味が感じられない。『禁書』『仏像探偵 古寺を行く』の失敗の原因はいろいろあるが、一番大きいのは、なるべく多くの知識を作品に盛り込もうとして、それぞれを有機的に結びつけられず、結果として必要ない要素だらけになったことだ。『誑惑のキャットウォーク』は、妻が別人と入れ替わっているのではという発端のみ興味をそそるけれども、あとは「何でもあり」でミステリーの体を成していない。
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