第12回『このミス』大賞 2次選考結果 村上貴史氏コメント

投票結果は三者三様、だが話せばわかる!

 たった三人の投票だが、こんなにもばらけるものか――それくらい二次選考会での採点はバラバラだった。しかしながら議論を進め、最終選考に残す作品を決定する時点では、選考を担当した三人ともそれなりに満足のいく結果となっていたのである。これはおそらく、各作品がそれぞれ長所短所を顕著に持っていたためだろう。長所に着目するか短所に着目するかで、採点は全く異なるものとなってしまう。だが、仮に短所を重視した採点をしたとしても、長所があることを全く否定しての採点ではないので、議論を重ねるうちに、納得がいくのである。
 そうした選考会であったということは、全員一致で無条件に推挙した作品もなければ、一人も評価しなかった作品もなかったということだ。そんな激戦を勝ち残ってきたのが、まずはこの七作品である。
 村上暢『ホテル・カリフォルニア』は、アメリカの砂漠の中にぽつんと存在するホテルで発生した殺人事件を扱った本格ミステリである。いかにも謎解きらしい謎解きと、“本格ミステリの名探偵っぽくない探偵”の組み合わせが愉しい。謎解き部分がしっかりしていたからこそ、このアンバランス感が輝いたのだろう。影山匙『正邪の獄』は一次選考の選評でも書いたが、先を読ませぬ展開と、それを支えるキャラクターの魅力がポイントの一作。二次選考でも高い支持を得たことが嬉しい。同様に一次選考で推した志門凛ト『幸せの戦略』も、“企業戦略を読み解く”ことをミステリとしての魅力に仕立て上げた点が二次選考でも評価され、最終選考に残ることになった。コンサルティングミステリの嚆矢として歴史に名を残して欲しいものである。誘拐ミステリとしての着眼点が新鮮だったのが八木未『ボクが9歳で革命家になった理由』。身代金が九九一兆円というあたりも素敵だ。梶永正史『真相を暴くための面倒な手続き』は銀行での立て籠もり事件を扱った一作。いささか作りすぎの展開ではあるが、隠されたいくつもの真意が物語を強力に牽引していく様には好感が持てた。ドンパチが魅力なのが小池康弘『勇者達の挽歌』。軍事アクション小説だけに武器やら何やらの説明が必要なのは判るが(それをきちんと説明できる知識は評価するが)、原稿用紙換算で三枚以上も説明文が続くようなところがあり、改善の余地はあろう。だが、それを上回る魅力があったということだ。越谷友華『生き霊』は、とにかく謎が強烈だった。謎の強烈さに対して、真相が○○ネタといういささか手垢がついたものだったのは興醒めだが、しかしながら、その後の余韻において不気味さを綺麗に演出していて、手垢は鮮やかにぬぐい去られた。
 惜しくも最終選考進出は逃したが、河合穂高『水底の解』の比喩の魅力や、KT『maman ~殺戮の天使~』における警官コンビの魅力は際立っていた。そうしたピンポイントでの抜群の長所を活かす物語や世界をいかに構築していくかが今後の課題だろう。姉井嘘像砂『ロストナンバー』も、根幹のアイディアだけならば今回の二一本の中で最高に優れていたと評価できる。だが、それを物語の細部にまで展開していく段階が雑であるように思われた。物語の各エピソードの説得力が不足していて(練り込み不足に思える)、せっかくのアイディアが光を失ってしまっている。残念だ。
 工藤智巳『タスマニアデビルの憂鬱』は、圧倒的に有能な後輩を持った先輩社員が振り回される様を描いていて愉しく読めるのだが、事件がどうにもとってつけたように読めてしまう。先輩後輩コンビは魅力的であり、いずれまた別の小説で再会してみたいと思うほどだ。檎克比朗『流星雨』は、雨の中での通り魔殺人を描いた小説だが、結末がどうにも中途半端で腰砕け。いくつものピースを重ねつつ、あえて具体的な記述を避けたのだろうと推測はできるが、それが“芸”なり“技”として読み手を惹きつけるのではなく、単にもやっとした感じとして残っただけだった。穂波了『萌えないゴミはただのゴミだ。』は、ある女性のゴミを我が物にしようと執拗に付け狙う導入部は、緊張感に満ちていて読ませる。そこからストーリーが徐々に歪んでいく様も愉しいのだが、歪みと較べて、その真相に強さが欠落していた。藍沢砂糖『水彩プラネタリウム』も導入部はよい。クセのある少女がチャーミングだ。だが、この小説で輝いていたのは彼女だけで、その彼女の魅力だけで支えるにしては、この小説は長過ぎた。中学生を中心とした五人組の殺人計画を扱った村木祐『ティーンエイジ・エイリアン・サマー』は、それなりに読ませるが、牙に欠けていた。そうした作品は、今回のようなパターンの選考会では不利である。岡辰郎『沈黙の死闘』は、安心して読める一作。だが、これもまた頭抜けた長所がなく、それ故に今回の選考を勝ち抜くことができなかった。
 三好昌子『無明長夜』は、この賞の二次選考では異色の時代小説。個々のエピソードはキラリと光るものばかりで、とにかく読まされてしまうのだが、全体としての骨格が、細部に較べてずいぶんと弱く、最終選考には推せなかった。春畑行成『俺たちはヒーローじゃない』は一次選考で推した作品だが、主人公たちの行動の不自然さ(特に警察という観点で)が指摘され、それをはねのけるほどの強さがなく、落選と相成った。
 近未来を舞台とした作品でありながら、どうにも道具立ての古さが気になってしまうのが杉成就『飛洲DMZ』。なんというか、古き酒を新しき皮袋に盛ってしまったような居心地の悪い歪さを感じた。歪さといえば、志規醇乎『血の氷像』もそう。この作品からはその歪さしか感じられず、魅力が全く伝わってこなかった。
 最後に、愛理修『金玉さん』は“カナタマさん”と読む。だが内容的には“キンタマさん”だ。そのノリはかなり愉しいのだが、それ以上のものではない。最終選考に推す気にはなれなかった。
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