第12回『このミス』大賞 2次選考結果 千街晶之氏コメント

水準が高かったからこその大激論

 今年の二次選考は二時間半近い大激論だった。選考委員の誰かがある作品を褒めれば別の誰かは批判するといった調子で、なかなか結論が出なかった。といっても「何故これが一次選考を通過した」と嘆きたくなる作品はなかったので、水準が高かったからこその激論だったとも言える。
 今回の私の一押しは『ホテル・カリフォルニア』。長年この賞の選考をやってきたが、ここまできっちり作り込まれた魅力的な「ド本格」は初めて読んだ。舞台であるホテルの構造がわかりにくいなどの弱点もあるが、すべて改稿で修正可能な程度。ばらのまち福山ミステリー文学新人賞に応募していればほぼ確実に受賞するであろうこの本格ミステリーを、最終選考委員がどのように評価するかを注目したい。ただ、私が絶賛した作品が最終選考で否定されるのはよくあることなので(二次でも評価は割れた)、作者はこの選評を読んでも有頂天にならないように。
 次に高い点をつけたのは『生き霊』。動機に説得力がまるでないのが難点とはいえ、とびきりの不可解な謎に釣り合うだけの魅力的な解決を用意した構想力を評価したい。
 その他の最終候補は、『正邪の獄』はちょっと不自然または説明不足と思える箇所があり、『真相を暴くための面倒な手続き』はいい意味でも悪い意味でも漫画的、『幸せの戦略』は中盤までは興味深いが終盤の方向性に疑問が残り、『僕が9歳で革命家になった理由』は前面に出すぎた作者のメッセージにミステリーとしてのプロットが埋没してしまい(敵役の描き方の浅薄さも気になった)、『勇者たちの挽歌』は戦闘シーンの迫真性とそれ以外の荒唐無稽ぶりとの落差が大きすぎる……と、それぞれ問題点を抱えている。ただし、同じ弱点でも修正可能なものとそうでないものがあるので、最終選考での運命はそのあたりの差が決めるだろう。
 惜しくも二次を通れなかった作品の中では、減点法で採点するなら『無明長夜』が最高点だろう。実際、二次選考委員の誰もABC三段階のうちCはつけなかったのだが、にもかかわらず全員が積極的に推さなかったのは、完成度が高い代わりに新味も乏しかったからだ(藩が極秘で結成した刺客集団の話とか、今まで時代小説で何度読んだことだろう)。実力ある書き手なので、厳しいことを要求するようだがもう一ランク上の作品による再挑戦を期待したい。
 同様に、Cがつかなかったにもかかわらず落ちたのが『ロストナンバー』『ティーンエイジ・エイリアン・サマー』。前者は長所も短所もはっきりしている作品で、漫画的なところは『真相を暴くための面倒な手続き』同様ながら、いくら何でも現実的に起こり得ないエピソードがあったのが致命的。後者は語り口の魅力は認めるにせよ、同じところを何度もぐるぐる回っているような冗長さを感じてしまった。『水底の解』にも『ティーンエイジ・エイリアン・サマー』と似た弱点が見られる。
 個人的に惜しかったと思うのが『沈黙の死闘』で、この作者の今までの応募作では一番良かったと思うのだが、他の選考委員の賛同を得られなかった。『流星雨』は途中までは「傑作かも」と思わせる読み応え抜群の作品だったが、真相に説得力を感じなかった。同じ時間・場所にこれだけの事件が偶然集中したというのはあまりに無茶である。『萌えないゴミはただのゴミだ。』は本格ミステリーとしてはいろいろと工夫が見られるけれども、スリルの盛り上げに物足りないところがあった。『俺たちはヒーローじゃない』は、最終候補に推すにはあと一歩だったが、ノワールかハードボイルドかと思わせて爆笑の展開に転調する意外性を買う。
『maman~殺戮の天使~』『飛州DMZ』はどちらも近未来もので、物語として一定の水準には達しているものの、よほど斬新な趣向がないと近未来小説は凡庸に見えてしまう、ということは言っておきたい。そのあたりの意識が足りないように思えたので、この二作への私の評価は他の二次選考委員よりも厳しいものとなった。
『水彩プラネタリウム』『タスマニアデビルの憂鬱』『血の氷像』『金玉さん』は、すべてミステリーとしてのネタが弱い。特に『水彩プラネタリウム』は、同じ作者の前回の応募作『ポイズンガール』を高く評価しただけに心底がっかりした。いかにキャラクター造型に凝ってみせても、肝心のミステリーとしてのネタ作りを疎かにしてもらっては困る。

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