第11回『このミス』大賞 2次選考結果 千街晶之氏コメント

ミステリーとしての能力を見せてほしい

 二次選考では作品をA・B・Cの三ランクに分けて評価しているのだが、今回はAにするかBにするか迷った作品が多かった――いい意味でも、悪い意味でも。いい意味というのは、全体的な水準がそれだけ高かったということであり、悪い意味というのは、他を圧するほどの輝きを放つ原稿が少なかったということである。
 そんな中で迷わずAをつけたのが『石の来歴』『ポイズンガール』。どちらもかなり異形の小説で、それぞれ弱点もあるものの、「この作者の他の小説も読んでみたい」と心底思った。
 茶木・村上両氏がAをつけた『下弦の刻印』は、私だけがBにとどめた。敵役たちのキャラクター造型が現実の民主党政権の体たらくによりかかりすぎていて、作者が自分の頭で考えた形跡が乏しいと感じたからだが、これは改稿によって修正可能だろう。そこさえ除けば極めて読みどころの多いパニック小説だ。『或る秘密結社の話』は導入部に問題ありという意見も出たが、読み進めるほどに構成の秀逸さに感嘆させられる。『婚活島戦記』はヒロインの造型の鮮烈さと、従来のバトロワ系小説と一線を画すある種の「コロンブスの卵」的発想を買う。『梓弓』はもう少し構成に整理が必要だし、サプライズの演出にもあと一工夫ほしい。ただし、地味な話なのに読ませる筆力は非凡。
 次に、惜しくも二次を通過できなかった作品について。『瑠璃色の一室』は人工美に徹したトリッキーな世界を堪能したが、着地でバランスを崩した印象。『神様による猫色の日々』は読みやすくて好感の持てる作風だし、極度の意外性を狙った趣向を二つも仕掛けてきた意欲を買う。ただ、仕掛けのうち一方は途中で見当がつくし、もう一方は情報を隠しすぎて不自然になっている。せっかくこの路線を狙うなら、もっと伏線を綿密に張りめぐらせ、それでも読者に見抜かれないほどの大胆にして緻密な大技を期待したい。『夏桜』も非常に読みやすく、雰囲気の醸成はかなりの水準に達しているが、謎解きにちょっと苦しい部分があった。『2Days with 死体 in 冷凍庫』は発想はいいのだが、書き込み不足が災いして、本来もっと長い小説のダイジェスト版のようだし、決着も説得力が感じられなかった。『オレ様先生』は特殊能力を持つキャラクターが登場するが、その種のミステリーには山ほど前例があるので、よほどの新機軸がなければ評価できない。ただし、ハードボイルドかと思わせておいてベタベタに甘い恋愛小説に変貌するあたりは新鮮だった。『わが母のおしえ給いし歌』はキャラクター造型は面白いけれども、ミステリーとしての本筋に特筆するほどの美点がないのが残念。『スクープ・ハンターの乱舞』は以前の応募者の再挑戦で、安定感はあるものの、奇想という点では前作より物足りない。また、キャラクターについて村上氏は一次の選評で「戯画化とリアリティのブレンド具合が実によい」と記しているが、私にはやや戯画化に傾きすぎたように感じられた。『日本発狂』は個人的には、よくあるパニックものの枠に収まらない奇抜な発想を楽しんだけれども、小説としての出来に問題ありとする他の選考委員の意見ももっともなので強くは推せなかった。
 これ以降の作品は更に出来が落ちる。『羊が吠える』は前回の応募作の続篇めいた内容。特殊な舞台設定が同じであるところまではいいとしても、前作を読んでいることを前提に話を進めるのは横着である。『神待ち』は、文章など一定の水準に達していることは確かだが、エンタテインメント性の稀薄さが気になった。『りらいと』は文章や展開に大きな欠点はないものの、SFとしてあまりに新味がなく類型的。『重力のナイフ』は話が整理されていないため、特に後半が非常にわかりにくい。『皇帝の乱――古島市選管、奮闘す』は、どんなにミステリーという言葉の解釈の幅を広げたとしてもミステリーに含まれないだろう。『星屑のパリ』は文章の自己陶酔ぶりが目に余る。『ライブ・イン・邪宗門』は悪い意味で劇画的すぎる。『パーフェクト・ワールド』は中盤過ぎまでメインの事件が起こらない構成にも問題があるし、軽い文章とキャラクター造型が内容と釣り合っていないと感じた。
 ところで、今年は例年にもましてタイトルがひどい原稿が多かった。もし受賞したら、あなたの書いた原稿は商品として店頭に並ぶのである。自分が読者の立場なら、いかにもつまらなさそうなタイトルの本に手を伸ばしたくなるだろうか。タイトルを考えるのも勝負のうちであるということを、来年以降の応募者は心得ていただきたい。

※二重投稿で失格となった作品の選評は、削除させていただきました。(『このミステリーがすごい!』大賞事務局)

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