第10回『このミス』大賞 2次選考結果 千街晶之氏コメント
史上最高の愛すべき作品群
この賞の二次選考委員を務めて10年になるが、今回ほど候補作のほとんどを楽しく読めた回はなかった。「愛すべき作品が揃った」という点では、過去10年で最高の回だったと思う。と同時に、今回ほど選考委員同士のミステリー観の違いが表面化した回もなかった。
通過作6篇のうち、一押しは『空と大地と陽気な死体』である。個人的には、『このミス』大賞史上5指に入る才能の持ち主だと感じた。主人公の成長につれて彼に見えていた景色が変容してゆく構成が特筆ものだし、ダークでインモラルで物哀しい世界観も、好き嫌いを越えて読者を否応なしに巻き込む力があると思う。他の選考委員はそれほどとも感じなかったようだけれども、私はこの才能に賭けたい。
その次に来るのは『僕がお父さんを訴えた理由』。ツイストに溢れた展開が素晴らしく、通過作のうち、最もミステリーらしいミステリーと言えるのではないだろうか。『鋼鉄の密林』は老人版「ダイ・ハード」で、予想外の仕掛けが随所にあって楽しめたが、見せ場の作り方がいかにも作為的である。もっとも、これは読者によっては長所に転じるかも知れない。『Sのための覚え書き かごめ荘事件のこと』は、ありがちな要素の寄せ集めではあるものの、その結びつけ方のセンスがなんとも摩訶不思議で、戸川昌子の小説のような歪んだ魅力がある(ただし動機は無理筋なので改稿が必要)。『また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』はキャラクター造型に好感を持てたが、終盤の展開が容易に読めてしまうので、何らかの加筆が必要になるだろう。残る『エンジェルズ・シェア』は、茶木・村上両氏の評価は高かったけれども、個人的には文章が一定の水準に達していた点以外に評価すべきところが見つからない。ハードボイルドのパロディなのかも知れないけれども、センスが古くてとても今世紀の小説とは思えなかった。裁判関係のせっかくの説得力ある描写も、リアリティのかけらもない主人公のキャラクター造型のせいで台無しになっている。
惜しくも予選を通過できなかった作品のうち、『トリプル・アクセス』『愛してムーヴィン 恋してダイヴィン』『世界の終わり』の3篇は、個人的には最終選考に残してもいい(あるいは、それに準じる)出来だったと思っている。『トリプル・アクセス』は「立て籠もり系」の話として『鋼鉄の密林』と比較されたのが不運だった。アイディアにはかなり秀逸な部分もあったのだが、一方で警察関係の描写などに粗さが目立ったのも事実。『愛してムーヴィン 恋してダイヴィン』と『世界の終わり』は、幻想的・ホラー的要素を含む話として『空と大地と陽気な死体』と競って落ちたかたちであるが、特に前者の、あり得ないのに妙に現実感がある作品世界の魅力は捨て難いものがあった。似たような傾向の話ばかり最終選考に残すのはどうかという意見もあったので、断腸の思いでこれらを落とさざるを得なかったが、こういった作品はファンタジー・リーグであってミステリー・リーグではない、という茶木氏の意見には異を唱えたい。最近のミステリーがホラーやSFといった要素を多く含んでおり、それなしには成立し得ない部分もあるとすら言える現状(道尾秀介『向日葵の咲かない夏』がベストセラーになっているという現象がそれを象徴している)の中、そういった傾向の作品を「リーグが違う」と排除してゆくなら、『このミス』大賞はつまらない賞になるのではないかという不安を感じる。
『世界の終わり』の黒木氏はもう一篇、『僕が誰なのか、あててごらん』という作品が二次選考に残っており、力量のある人なのだと認識したが、こちらは作中の世界設定にいかにも恣意的な部分があり、『世界の終わり』より一段落ちる。最終には残せないが非常に惜しいと感じたのが『刑務特別区』。一部の受刑者を隔離するための特別区が設立された近未来のディテールに説得力があるだけに、登場人物が無駄に多すぎて話が混乱しているのが残念でならない。『♪のある恋愛風景』はリーダビリティの高い文章が出色で、大変楽しく読めたのだが、長篇一本もたせるにはややネタが弱いかも。『殺人画家は 私です』は「後半傑作」とでも言うべきか。美術教師の狙いが明らかになってゆく終盤には感心したけれども、序盤の説明的すぎて小説になっていない文章が足を引っ張った。
ここからは更に少し評価が落ちる。『ALL ABOARD』と『猿王~哀しき道化師たちの祝祭』は、「こういう小説、今までたくさん読んだよなあ」という印象で新味を感じなかった。この二作ほどではないにせよ『ROUTE』と『夢幻臨床』にも似たようなことが言える。『怒れる樹木のうた』はいろいろ詰め込みすぎて散漫になっているが、これだけの大風呂敷を広げた意欲は買いたい。『プルートーの降伏』は、一次選考委員が指摘しているように、どうしても伊坂幸太郎の作風を連想させてしまうので損をしている。同じくオリジナリティの面で問題ありなのが『風に揺れる四十八の棺』で、今どき『バトル・ロワイアル』風の話を書きたいならよほどの新機軸が必要だし、黒幕の隠し方が某映画に似ているのも減点対象。『駄作のすゝめ』は、もっとミステリー度が高ければ初野晴的な面白さが出たと思うけれども、伏線の張り方などはまだまだ練る必要がある。『ユークリッド焼きそばの漆黒』は後出しのデータが多いので、本格ミステリーとしては評価が難しい。今回唯一、どうして二次選考まで残ったのか首を傾げたのが『微妙都市』で、やりたい放題やって作者は満足だろう、としか言いようがない。
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