第20回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み バーチャルの世界で見た光景

『バーチャルの世界で見た光景』

DAi(だい)32歳
1989年生まれ。大学院卒。
会社員を経て現在フリーランスの映像ディレクター・クリエイター


第一章 禁忌
【一】

 他の誰よりも不純でいて、けれども誰よりも純粋な理由で、多くの注目を集めなければならない。それが目的達成のための、唯一の手段なのだから。
「皆さん配信に来てくれてありがとうございます。綾瀬(あやせ)アリスです!」
 常に抱える内心と裏腹に、その言葉は凛として強く明るくする。彼女は今、多数のリスナーを相手に動画配信を行っていた。
 動画配信とは、ライバーがウェブを通して、リスナーへリアルタイムに動画コンテンツを提供するもので、つまりは生放送。ライバーは自分専用のチャンネルを開設し、そこで配信を行っているのである。
 配信は、専らライバーとリスナーとのコミュニケーションの上で成り立つ。ライバーはその声によって、リスナーはチャットの形でライバーにアクションをするのだ。
 配信の内容は多岐に渡る。例えば雑談をしながら質問に答えたり、リクエストによって歌ったり、アドバイスされながらゲームをしたり。ライバーによって、自らをカメラで映す者もいれば、声だけで配信を行う者など、やはり十人十色なものである。
 動画配信は、そのサイトのアカウントを持っている者ならば、プロアマ関係なく誰でも利用することが可能だ。リスナーが多ければ多い程、ライバーは承認欲求を満たしてかつ、たくさんの広告収益を得ることが出来るという構図である。
「チャンネル登録ありがとうございます」
 リスナーに挨拶をかわす綾瀬アリスもまた、一般人ながら動画配信サービスを利用している。配信内容はゲームをプレイするものだ。
 ゲーム画面の脇にアリスの顔も映し出しているのだが、その外見は特徴的であった。銀色の髪はロングで姫カット。瞳は熱を感じるオレンジ。クールビューティーな美貌と好奇心や熱量に溢れる心の両面を持った、およそ現実の世界にはいない、アニメやマンガのキャラクターそのものなのだ。
 そんな彼女ではあるが、話せば口は動き、瞬きもする。あたかもそのキャラクターが動画配信をしているように見えるのである。
 自身の姿をカメラで撮影して活動するリアルライバーに対し、アリスのようなアニメキャラクター然とした姿たる、バーチャルアバターを用いて配信を行うライバーのことを、バーチャルライバーという。
 バーチャルライバーは、アバターを動かすために専用のスマホアプリを使用する。声を出している演じ手をスマホのカメラで捉え、口や目、顔自体の動きをトラッキングし、それをアバターの動きとして反映させるものだ。演じ手はアニメでいうところの声優のような存在ではあるが、それ以上、そのキャラクターになりきって動画を配信出来るというわけである。
 バーチャルライバーが登場し始めた当初は、ポリゴンで構築された3Dモデルが主流で何百万円という大金の元に成り立っていたため、個人がおいそれと手を出せるものではなかった。昨今は、イラストをベースにして専用ソフトで加工した2Dモデルが流行し、誰でも比較的容易に作成が可能となった。綾瀬アリスは、そんな数多いる2Dモデルによるバーチャルライバーの一人である。
 アリスは特別目立つライバーではなく、当初は数多いるライバーの中に埋もれていた。でも他のライバーと共に配信するコラボ配信に力を入れることで、少しずつ脚光を浴び始める。コラボを行えば、元から自分を見ていたリスナーと、コラボ相手が持っていたリスナーの両方から見てもらえる。認知が広まって、双方のリスナー増加に繋がるのだ。
 コラボは、通常ならリスナーから歓迎される。けれどアリスに関していえば、『また他のライバーに寄生してる』『金魚のフンかよ』なんてチャットを浴びせられることもあった。単純にコラボの回数が多いし、明らかに相手側の方が人気で、アリス側にしかメリットがないこともままあるからだ。
 アリスだって理解している。虎の威を借りるためにコラボをしているのだから当然だ。だがなんと言われようとも、注目を集めなければならないのだ。
 とうに総数が万の単位に登る人数となっているバーチャルライバー。人気は天と地程の差が出来てしまう。それを可視化しているのが、ライバーのチャンネルを登録、即ちお気に入り登録をしている人数である。上位は百万人以上の登録者数を保有しているのに対し、百人も行かないライバーも多い。これが人気のバロメーターとなって、ライバー達の実力を概ね示しているといっていいだろう。
 綾瀬アリスのチャンネル登録者数は、ようやく三万を超えたところだった。配信をリアルタイムで見ているリスナーの数は二百名から五百名程であり、中堅に手が届こうかという状況。コラボにより知名度を上げたアリスだ、その数字イコール本当に実力かといえばそんなことはないし、一過性のものだとは重々承知している。
「それでは、今日の配信は終わりです。また明日も配信するので、絶対見に来てくださいね」
 それでもいい、何だっていい。配信画面を閉じた彼女は、バーチャルアバターのものではない、自分自身のセミロングの髪をかき上げながら、椅子の背もたれに体重を預けた。
「……疲れた」
バーチャルライバー綾瀬アリス。その演じ手は、朝倉(あさくら)碧衣(あおい)という名の大学生だ。
 配信のためのPC、マイク、インターフェイス等の機材と、ベッドやクローゼットなど最低限なものしかない賃貸に、一人暮らしをしている彼女。銀髪を持つアリスのように尖った外見ではなく、少しツリ目気味なのが辛うじてある特筆事項。どこにでもいそうな容姿なので、大学で講義を受けている場面を傍から見れば、きっとどこに座っているかすぐには分からないだろう。
 アリスを演じている際とは違う、生気のない声もまた、およそ声優やライバーのように特徴的な響きはない。消え入るようで、愛嬌なんてどこにもなかった。でも、これが本来の綾瀬アリスの、いや朝倉碧衣の姿なのだ。
 なんでこんなにも違うのだろう、と碧衣は目を閉じる。自分は昔から口下手で、発表会や授業で発言する際はもちろん、一対一で話す場面でさえ緊張してしまう。内心ではたくさんのことを思っていて、一人でいる時ならそれは出せる。だが他人の前ではどうしても表に出せない。「そうなんだ」「そうなの?」「あはは」が会話における三種の神器。大人になれば変われると信じていたが、大学生になってなお同じだった。
 だけど。バーチャルライバーとしてそこにいると、全く別の自分になれた。そのイラストで作られた容姿だけじゃない。思ったことが口から出る。心から笑っていられる。多数のリスナーの前で配信したり、コラボを申し込んだり、押し込めていたものを自由にひけらかすことが出来る。それもこれも、『バーチャルライバーは誰でも新しい存在として生きられる』と言ってくれたあの人のお陰だ。その人がいてくれたからこそ、本当の自分を手にした。いや、新たな命として生まれ直したのだ。
 でも、そんな憧れの人は、もう。
 碧衣にとって、そしてアリスにとって、これまでのことは準備段階に過ぎない。本番はこれからだ。明日の配信で勝負に出る。全てはあの人を追うために。

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