第10回『このミス』大賞 1次通過作品
弁護士資格を一時停止させられていた弁護士。
裁判は終わったものの、その原因となった事件にはまだ何かが潜んでいた……。
ハードボイルドな酔いどれ弁護士、過去の事件に再び挑む!
『エンジェルズ・シェア』 保坂晃一
20世紀が終わって10年と少しが過ぎた今、まさかこんな原稿を読む日が来るとは思わなかった。そう、こいつはとんだ絶滅危惧種──私立探偵小説という奴なのだ。
「私」はある事件でしばらく資格を停止されていた弁護士。依頼を受けて、別居中の妻への生活費の支払いを渋る男に会ってから事務所に帰ってきた。そこで見つけたのは、床で寝ていた酔いどれの大男。一緒にスコッチを飲むうちに、「私」は大男の素性を思い出し、自分の弁護士資格が停止されることになった事件の顛末を思い起こす。裁判こそ終わったものの、あの事件の背後には、まだ何かが潜んでいたのだ……。
とにかく「私」の語り口が印象に残る作品である。尊大な相手には非礼で返す。言っちゃいけない相手に言わなくていいことを言う。減らず口、ワイズクラックとも呼ばれる古典芸能である。挙げ句の果てに、やれマイク・ハマーがどうした、ジェイムズ・クラムリーがどうの、なんてことまで言い出す始末だ。
そんなハードボイルド野郎は今どき流行らないんだよ!
ひとつ後頭部でも殴ってやらねばなるまい……と思うまでもなく、すでに後頭部を殴られて気絶する場面が描かれていた。美しい伝統の踏襲である。
あまりに様式美に忠実で、むしろ滑稽に感じられるところもあるけれど、それも作者の狙いかもしれない。身近にいたならばさぞかし鬱陶しいであろう「私」の語りも、おいおいここは銃社会のアメリカじゃなくて日本だぜと言いたくなるようなストーリーも、気づいてみれば大いに楽しんでいた。
決してノスタルジーで選んだわけじゃない。過去の事件と現在を巧妙に繋ぎ、関係なさそうな出来事も伏線として取り込んでいる。時にはしっかり読者をミスリードしてみせる。語り口だけに寄りかかった作品ではないのだ。
そんなわけで、今どき珍しい私立探偵小説スタイルを貫いた作品である。どうしてわざわざ時代遅れというハンディキャップを背負い込んだのか。ともあれ、私立探偵小説にさよならを言う方法はまだ見つかっていない。
(古山裕樹)















