第10回『このミス』大賞 1次通過作品

優良受刑者に一定の自由を保障した日本初の街・刑務特別区。
区の監視システムが停止した夜、何人かが塀の外へ脱走した……。
塀の外と内で、希望と企みが交錯する

『刑務特別区』 時井佑

 世界初の刑務特別区が日本のある地方都市に設けられた。優良受刑者などを中心に、一定の自由を保障しながら隔離して住まわせるエリアだ。特別区の仕事をする父の都合で外の街に引っ越してきた高校生の由之は、同じ事情で引っ越してきた恵美と親しくなる。一方、特別区には保険金詐欺の常習犯だった加藤、一方的に好意を寄せていた女性を騙した男に重傷を負わせた光岡、強姦致死罪の所、不運な巡り合わせで殺人を犯した友平といった面々が入居していた。所は昔の仲間から脱走の手引きを受け、加藤は特区内で起きたバスジャックをきっかけに、脱走を計画する。そして特別区の監視システムが停止したある夜、何人かの受刑者が特別区の外へと出てしまった……。
 主な受刑者の過去が語られる序盤から、作者はそれぞれの物語を抱えた多くの登場人物を同時進行で動かしながら、混乱なくストーリーを進めてみせる。塀の外側同士、内側同士はもちろん、塀の外と中をまたいだ人間関係も存在する。いくつもの物語が並走し、監視システムが停止した夜の一点に収束し、またそれぞれの道を進んでいく。登場人物たちの思惑とは別に、特別区そのものに仕掛けられた政府の思惑も、やがて読者に明らかにされる。
 大きなどんでん返し、強烈なクライマックスなどは特になく、静かに幕を閉じてしまうのは惜しいところ。ただし、小さなどんでん返しが重なり、さらに人と人との意外なつながりが紡ぎ出す構図が浮かび上がるまでのプロセスは十分に魅力的だ。並走する幾つものストーリーを見事に制御してみせた作者の腕前に敬意を表して、一次通過としたい。

(古山裕樹)

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