第10回『このミス』大賞 2次選考結果 茶木則雄氏コメント
あくまでも中心は、広義といえども《ミステリー》にある
今年ほど同傾向の応募作が重なった年も珍しいのではないか。特に目立ったのがSFファンタジー系の作品だ。世界観がそのものずばりの『世界の終わり』『猿王~哀しき道化師たちの祝祭』『空と大地と陽気な死体』『愛してムーヴィン 恋してダイヴィン』『ROUTE』『微妙都市』は言わずもがな、特異な設定を内包する『怒れる樹木のうた』や近未来物の『刑務特別区』、また記憶をテーマにSF的手法を駆使した『夢幻臨床』も、同じ範疇に含めることは可能だろう(もっとも最後の二作は、現実世界に限りなく寄り添っているという点で、若干の相違はあるかもしれない。大幅に手を入れる必要はあるが、個人的には敲いてみたい素材であった)。一次通過作品23作中なんと9作が、広い意味でのスペキュレイティブ・フィクション(近未来・SF・ホラー・ファンタジー系列)だった。
おそらくこれは、第8回の『トギオ』や昨年の『完全なる首長竜の日』の大賞受賞と、無関係ではないのだろう。SFやファンタジー的要素を持つ作品も大いにありだ、と応募者が考えた結果かもしれない。
確かに、『このミス』大賞はミステリー&エンターテインメントを対象とした新人賞だ。応募規定にもそう謳っているし、実際、その系列と言って差し支えない作品にも、賞を授与している。が、あくまでも中心は、広義といえども《ミステリー》にある。
ここから先は個人的見解だが、『このミス』本誌でベストテン入りした『リプレイ』や『透明人間の告白』タイプのSFファンタジーなら大歓迎だ。つまり、超常的なあり得ない状況に主人公が陥り、その特異な状況下で、知力・体力の限りを尽くしていかに個人が生き延びていくか、という冒険小説的興趣を多分に含んだ小説である。ポイントは、主人公に降りかかる特異な状況以外は、すべて現実世界に立脚している点だ。精神だけが若い肉体に蘇ったり、透明人間になったりという《大きな嘘》をつくためには、細部のリアリティが十二分に構築されていなければならない。と同時に、主人公の行動、心理にも十全な説得力が要求される。したがってハードルは極めて高い。
そもそも『トギオ』はファンタジーとしてではなく異端のエンターテインメントとして、あるいは古川日出男に連なる文学作品として評価したものだし、『完全なる首長竜の日』もそのSF的ツールにではなく、日常のリアリティと説得力、記憶をめぐるサスペンスを高く買ったものだ。
はっきり言おう。そのものずばりのSFファンタジーは、その系列の新人賞に応募された方がいいのではないか。この賞で読みたいのは、SF的要素を絡めたミステリーまでであり、ミステリー的要素を絡めたSFファンタジーではない――少なくとも私は。
次に多かったのは、会話とキャラクターで読ませる「日常の謎」ものだ。恋愛風味たっぷりの『♪のある恋愛風景』『また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』『殺人画家は 私です』、ミステリー的興趣は乏しいが『駄作のすゝめ』の4作である。
また今回たまたまだろうが、立てこもり物が被っている。『風に揺れる四十八の棺』と『トリプル・アクセス』、『鋼鉄の密林』の3作だ。
同系統の作品が重なると、その中から最上の一作をあげる、という流れになるのは致し方ないところだ。よほどの作品でないかぎり、似た傾向の作品を最終に残すことはあり得ない。
SFファンタジー系に私の中のハードルをクリアした作品はなかった。が、千街選考委員が強力に推した『空と大地と――』は、少年小説、成長小説として面白く読めたこともあり、最終候補に残すことに賛同したものである。
日常の謎タイプは大方、楽しく読むことができた。その中で文章力、人物造形、プロットの総合点で『また会えたなら――』が頭ひとつ抜け出していた。大幅に刈り込み、手を入れれば面白くなりそうな『殺人画家――』は、割を食った格好だが、挫けず捲土重来を期してほしい。
立てこもり物は、それぞれ一長一短があった。この手のサスペンスはリアリティとディテールの確かさが命運を制す。SIT、SATなど警察捜査の描写に、まだしも遺漏が少なかった『鋼鉄の密林』が、消去法的に残った形だ。
これは全体に言えることだが、ネットで調べた程度の素材ではリアルなものは書けない。特殊犯罪における捜査本部の立ち上げやその人員配分、指揮系統、SIT、SAT隊員たちの装備など、書くなら書くで、しっかり資料本に当たってもらいたいものだ。警察関係の描写がいい加減だと、いくら文章が良くてプロットが面白いものでも、読み手の腰が砕けてしまう。ちなみに、ネットですら調べた形跡がないのは論外。たとえば『風に揺れる――』に、50年前に3兆円をかけて作られた巨大アミューズメントパーク、という表現があるが、1960年度の日本の国家予算が1兆7千億だから、3兆は到底あり得ない。こういう小さなミスが重なると、全体のリアリティが雲散霧消してしまう。
同様の欠点はニューヨークを舞台にした『ALL ABOARD』にも言える。冒頭、主人公がニューヨーク市警の警官に逮捕されたものの、手錠を外して逃走するシーン。ワイシャツの袖口に隠した鍵(市警の手錠に合致する鍵!?)を使うわけだが、逮捕時、袖口や足首は入念に調べられるはずだが……。調べた結果そうではない、というのなら、それなりのエクスキューズがほしい。通常そう思われているが、実際はこうなのだ、という断りがあれば、リアリティはさらに高まろうというものだ。
作り物だからいいだろう、ではないのだ。作り物だからこそ、リアリティに拘る必要があるのである。作家志望者は胸に刻んでほしい。
一定レベルの才能を感じさせてくれたのは、伊坂風テイストの『プルートーの降伏』、キャラ立ちユーモア系の『ユークリッド焼きそばの漆黒』、ゲーム小説系の『僕が誰なのか、あててごらん』とファンタジー系『世界――』で二作同時に一次通過した作者だ。だがいずれも、既存作家を凌駕するものがないと、この作風のままでは最終は突破できないような気がする。一考していただきたい。
さて、記念すべき第10回の最終候補は6作品。本命不在の混戦模様でどの作品が大賞を射止めるか、まったく予断を許さない。確実に言えるのは、今度の選考会は、過去最高に揉めるだろう、ということのみだ。結果を楽しみにお待ちいただきたい。
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