第9回『このミス』大賞 2次選考結果 茶木則雄氏コメント

日本は100人の村ではない

 そもそもの発端である物語の発火点や謎の核心が、磐石であるかどうかを、プロットをたてるとき作り手は入念に検討する必要がある。いかに題材や舞台やキャラクター設定に意匠を凝らそうが、文章力に抜きん出たものがあろうが、物語の核心が人間心理や現実の世界観に照らし合わせて揺るぎないものでなければ、作品はその価値を大幅に喪失することだろう。

 たとえば『青の錬金術』だ。全体の5分の1程度まで読んで、今年の大賞はこれで決まった、と思った。20世紀初頭のルーブル美術館でフェルメールの絵画が忽然と姿を消す謎めいたプロローグから、少年の視点で高校内部での陰湿なイジメを描く導入部、一転して美術評論家宅で起きた強盗殺人を刑事の視点で活写する新人離れした筆致は、文句のつけようがない。某新人賞の2次落選作を改稿したもの、と編集部から聞かされていたが、某賞の予選委員はいったいどこに目をつけているのだろう、と鑑賞眼を疑ったほどだ。が、読み進めるにつれ、様々な点で粗が目立ちはじめる。警察関係の記述の底の浅さや状況説明のダブり、世の中を何か勘違いしているとしか思えない女性警部のキャラの痛さはまだしも、肝心の、物語の源流が、あり得ない偶然と因縁に支配されている超常的不自然さは、如何ともし難い。
 もし日本が100人の村なら、主要登場人物の大半が過去の因縁で結ばれていた、という偶然に偶然を重ねまくったこの物語の骨格は、かろうじて成り立つかもしれない。が、日本は100人の村ではない。1億2千万の人口を前提にすればそれが天文学的確率になることを、作者はどうして気付かないのだろう。骨格がこれでは、いくら改稿したところで栄冠を射止めることは永久にできないと思う。
 『青の錬金術』に比べれば偶然の重なり度合いが低いとはいえ、『囁き』もまた、登場人物の過去の因縁がリアリティを損なっている。自殺の連鎖防止を目的とするNPO法人という発想はユニークだが、文章力も含めて全体の完成度はいまひとつと言わざるを得ない。
 一昨年、最終候補に残った作者の『モンスター』も、同様のそしりを免れまい。動いている電車の窓から乗客が一瞥したモンスターの姿形を、その乗客の視点で長々と描写する不自然さはともかく、肝心の、モンスターが生まれた経緯が、荒唐無稽の一語に尽きる。暴君が支配する中世ヨーロッパの小国ならまだしも、現代にこういう動機でモンスター(的人物)を生み出し育てることなど、通常の人間心理としてあり得ない。複数いる首謀者たちが揃って内なる狂気に支配されていると強弁するなら、読者がそれを納得できる書き込みがあって然るべきだろう。
 同じくかつて最終候補に残った応募者の『漂流船』も、物語の前提に不自然さを感じた。エボラ・ウィルスがサスペンスの中核を担っているとはいえ、それがマフィアの抗争に使用されるためという設定には無理がないか。無差別テロなら分かるが、同じ細菌兵器でも極めて致死率の高いエボラを抗争に使うマフィアが、果たして存在するだろうか。一歩譲ってこの前提を受け入れたとしても、作品自体の冒険小説としてのクオリティに、疑問符を付けざるを得ない。船長としての腕はいいが、乗組員を嵐で失い、自責の念にかられて酒に溺れる主人公。いかにものキャラクター設定だが、ステロタイプが生きるのは、物語の重厚さと迫真性、圧倒的ディテールあってこそ、だろう。仮に軽冒険小説なるものの価値を認めるとしても、そこに多くの読者は存在しないことを、明記しておきたい。
 キャラといい設定といい、いい意味でのB級的面白さを期待した『罠師参上』だが、全体的に悪スベリしている感じ。作者だけが面白がっている描写が散見され、白ける箇所が少なからずあった。『マーラーの機関車』『悲しみのマリアは暁を待つ』も、自らの作り上げた物語世界に作者が酔っている感じだ。少なくとも私には、どこに面白さがあるのか分からない。分からないといえば『Azhem‐ig.00』で、最初から最後までさっぱり乗れなかった。例年なら1次通過も怪しい作品だと思うが。
 まとまってはいるが目新しさに欠け、既視感ばかりが目立つ『風土鬼』、導入部は魅力的だが整合性に欠ける『アクセン・ト・』、タイトルに込められたテーマは光るが小説としては幼さが残る『盾と爪』は、それなりに読めた。が、それぞれ欠点を内包し、突き抜けるものがない。1次は通過できても最終には残れない典型的タイプだ。
75歳の応募者による『アンドロメダから来た忍者<新大統領はジョン・F・ケネディ・ジュニア>』は、その気宇壮大さを大いに買う。『デッドボディ・ワーキング』も、発想の面白さと銃器や戦闘シーンのディテールは高く買いたい。が、両者とも、惜しむらくは文章力や小説技法がそこに伴っていない。
 最も惜しまれたのは『幻を買う人』だ。競馬界を舞台にした誘拐事件を描く前半は岡嶋二人『焦茶色のパステル』を思わせ、ぐいぐい読ませた。警察関連の記述もしっかりしていて捜査小説として申し分ない。主人公が警察を辞めたあとの展開も、ギャンブル小説ファンの私には非常に楽しめた。仲間との旅打ちのシーンなんて、舐めるように読んだほどだ。ただ、作品の根幹をなす高本式暗号馬券の戦術が、トンデモの範疇を越えておらずリアリティがない、という他の選考委員の意見に打ち勝つことはできなかった。ギャンブル小説としては面白いかもしれないが、ミステリーとしてはその骨格に無理がある、という見解には、素直に頷かざるを得ない。

 作家志望者はいま一度、自分が発見した物語の源泉に穴がないかどうか、その骨格が揺るぎないものであるかどうかを、文字通り「骨の髄」まで確認していただきたい。

 最終候補作については、例年通り、最終選評で存分に触れたい。票が割れるのか、それとも1本ですんなりまとまるのか。今年も蓋を開けるまでまったく分からない状況だ。腕を撫しつつ、議論を大いに楽しみたいと思う。

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