第9回『このミス』大賞 2次選考結果 千街晶之氏コメント

緻密で深い世界観でなければ大賞は獲れない

 応募数が400を超えた今回だが、2次選考に残った作品を読むと、平均的な水準は去年より落ちると言わざるを得ない。しかし、そんな中にも秀逸な作品が数篇あったのは事実。
真っ先に最終選考へと勝ち進んだのは、全員が高い点をつけた『完全なる首長竜の日』。文章力と、世界観の構築力が別格である。映画「インセプション」をちょっと連想させるところもあるが、応募はこの映画の公開前なので、影響を受けて書いたわけでないことは明らか。続いて、全員が高い点をつけたわけではないが低い点もつかなかった『有機をもって恋をせよ』『羽根と鎖』が通過。エンタテインメント性が高く結末の意外性が抜群の前者、スタイルに新味はないが技術的に極めて高度なことをやっている後者、ともに『完全なる首長竜の日』の対抗馬として大賞を争う資格は充分。
 問題はここからだ。他に何を残すか、2次選考委員の意見が全く一致せず「3すくみ」状態になってしまったのである。結局、三人がそれぞれ1作だけ推した作品を残すことにして、茶木氏が推す『ハナカマキリの変容』、村上氏が推す『森のくまさん―The Bear―』、私が推す『ホークウッドの亡霊』が予選を通過した。正直なところ、小説としてのコクの乏しさが3作に共通の弱点だと思うが、破綻が少ない点と、(前例があるとはいえ)結末の意外性で『ホークウッドの亡霊』を推した。『ハナカマキリの変容』『森のくまさん―The Bear―』は話に無理がありすぎると感じたが、後者のある趣向にはいかにもミステリーらしい遊び心も感じた。最終選考委員の判断を待ちたい。

 次に、惜しくも2次で落ちた作品について。
『ハナカマキリの変容』『森のくまさん―The Bear―』『ホークウッドの亡霊』と最後まで争ったのが『漂流船』だったが、書き込みが薄く、話がスピーディーに進みすぎる点が厳しく評価された(選考では「軽冒険小説」なる新しい造語も生まれた)。とはいえ、過去に最終選考まで残ったことからもわかるように実力はある人である。専門であるからこそ冒険系の応募作に厳しい茶木氏をも感服させるような、渾身の力作を期待したい。こういう路線の場合、小手先の器用さに頼っていては大賞までは届かない。
 『幻を買う人』は採点が悩ましい作品だった。無茶は承知の奇想を高く評価するべきか、リアリティの乏しさをキズと見るか。競馬がらみの陰謀論自体に独創性がないので強くは推さなかったが、この人の奇想パワーには惹かれるものがあった。もっと細部まで練った作品で再チャレンジしていただきたい。
 個人的にはそんなに悪くないと思ったものの、あまり同意を得られなかったのが『囁き』である。登場人物同士に無理な因縁を設定しているという指摘はもっともなので、強く推すのも躊躇われた。この作品に限らず、今回の応募作には、まるで小さな集落が舞台であるかのように登場人物が裏でつながりすぎているものが多かった。どうか、不自然でない程度に調整していただきたい。
 『風土鬼』は一定の水準には達しているが、伝奇ものとしての新味は全くない。これでは2次より上に行くのは無理である。『罠師参上』の頭脳戦はかなり面白かったけれど、中途半端に古いロッキード事件をモデルにした設定が今の読者に対する訴求力を欠く。

 ここから先は更に評価が厳しくなる。
『青の錬金術』は、『囁き』よりも更に登場人物間の裏のつながりに無理があるし(特に強引な双子ネタにはずっこけた)、美術ミステリーとしても説得力に乏しい。『モンスター』は、発端が強烈なわりに展開に何の意外性もないので退屈したし、そもそもの設定が無茶。『デッドボディ・ワーキング』は、前半はともかく後半は話がサクサク進みすぎで、連続ドラマの総集編のようだった。いっそ連作短篇集仕立ての方が効果的だったかも。『マーラーの機関車』は端整な小説だが、謎もストーリーも骨細な印象。『悲しみのマリアは暁を待つ』の作者は、自分の原稿を読み返して「読みにくい」とは感じなかったのだろうか。スペインらしさを出すためとはいえ、出てくる言葉のほとんどにスペイン語のルビを振ったら、リーダビリティが阻害されるのは当たり前である。『アンドロメダから来た忍者<新大統領はジョン・F・ケネディ・ジュニア>』は、小説技術が発想の壮大さに追いついていない。『アクセン・ト・』『盾と爪』は、整合性とリーダビリティの双方に問題あり。特に後者は、派手な見せ場を先に設定してその間を無理につないだ感があるので全然辻褄が合っていないし、「盾と爪」の比喩もぴんと来ない。『Azhem-ig.00』は、例年なら2次まで残らない水準。書きたいことが沢山あるのはわかるが、それを全部つなげば傑作になるというわけでは全くない。

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