第9回『このミス』大賞 次回作に期待 膳所善造氏コメント

『狂乱の春雪』月海和哉
『チューリップ・パニック』田中正美
『ブラックナイト/グレイゾーン』向芝園也
『マジェンタ 深紅の無法者』高水奏
『密室地下街』雨菜アズ
『アーティチョーク』近藤貴弥

膳所善造コメント

 いきなり苦言から入って申し訳ないのですが、大切なことなので最初に書いておきます。これまで毎回、同様のことを記してきましたが、以下のような作品は、少なくとも『このミステリーがすごい!』大賞では“決して”1次を通過することはありませんので、次回以降の応募を考えている方は、よく読んだ上で対応願います。
 一つ、無駄な改行をしない。一文ずつの改行、数十行ごとに複数行の改行を挿入する章立て、章ごとの改ページ等、露骨な枚数稼ぎはしないこと。400枚の長編を書く基礎体力をつけてから応募して下さい。
 二つ、人まねは止めること。好きな作家に影響を受けるのは当然ですが、それを超えたサムシングがない限り出版する価値はありません。新人賞受賞作とは、なによりもまず出版社にとっての魅力ある「新商品」でなければならないという当たり前のことを忘れないで下さい。
 三つ、安易な改稿による使い回しをしないこと。いかに愛着があろうとも、落ちたのには落ちるだけの理由があります。一度どこかの賞でだめ出しされた作品を手直しする時間があったら、ゼロから新作を書いて応募するべきです。また、その程度の生産力がなくては、仮にデビューできても一発屋で終わる可能性が高いです。
 四つ、二重投稿は判明した時点で、即、失格。ばれないと思っているのは本人だけです。お互いのムダな労力を省くためにも絶対にやめて下さい。
 さて、以下の6作はこうした基本前提はクリアしているものの、残念ながらあと一歩及ばなかった作品です。
 月海和哉の『狂乱の春雪』は、文章面では十分に1次通過のレベルに達しています。舞台設定、元薩摩の隠密という探偵役の造形、風物の描写、いずれも及第点。欠点はミステリとしてはあまりに話の構造がストレートな点です。犯人も動機も素直に提示しすぎなので、時代小説としては面白く読めてもミステリとしてはもの足りませんでした。
 田中正美『チューリップ・パニック』は、17世紀オランダのチューリップ・バブルを題材とした歴史小説。文章力はありそこそこよませるものの、ミステリ的な興趣がまるでないのは致命的です。また、デボラ・モガー『チューリップ熱』(白水社)という名作がある以上、少なくともこれに迫る内容でない限り1次通過は難しいでしょう。
 向芝園也『ブラックナイト/グレイゾーン』は悩ましい作品です。とぼけた味わいのあるキャラクター、独特の間合いに思わず笑いが漏れる文章、そして一見とっつきにくい企業会計をネタにしつつ分かりやすくかつ魅力的に提示した手腕と、見るべき点がいくつもありました。肝心の墜死トリックがそこそこなのも、まぁ目をつぶりましょう。ではなぜ1次を通過しなかったのか。それは、あまりにも偶然を積み重ねすぎているからです。世界が百人の村でもこれほどまでに緊密な人間関係は不自然すぎます。ユーモア・ミステリであったとしても、この点は免除されません。筆力とセンスのある方だと思うので捲土重来を期待します。
 高水奏『マジェンタ 深紅の無法者』。私立高校を舞台にした猟奇的な殺人に訳ありのはみ出し高校生が挑むという設定は、ギリギリ賞味期限内といえますが、舞台設定の強引さとご都合主義、影の黒幕の設定が安易かつ陳腐な点が大きなマイナスとなりました。
 雨菜アズ『密室地下街』は、横浜東口地下街をモデルとしたと思しき本格ミステリ。試みとしては新味があって面白いのですが、残念ながら文章力・人物造形力ともにまだまだの域です。会話で説明するのではなく地の文で描写するように心がけてください。
 近藤貴弥『アーティチョーク』は、第二次世界大戦終結前後のシチリアを舞台に、対立する二つのマフィアの周りで起きた殺人事件と陰謀とを描いた意欲作。なによりもまず、特異な舞台設定に唸りました。この時代と場所ならではの壮大な動機も素晴らしい。とても十代の学生の作品とは思えません。ただし残念ながら、小説として仕上げるための腕力がまだまだ不足しています。文章は書けば書くほど上達します。今後の努力に大いに期待します。

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