第9回『このミス』大賞 次回作に期待 宇田川拓也氏コメント

T・K・O city ~テクニカル・ノックアウト・シティ~』(西山裕彦)
『ADは仕事を選ばない』(近藤五郎)

宇田川拓也コメント

 今回、「この作品のためなら、いますぐにでも新刊・話題書の平台を空けたい!」と書店員魂が燃え上がるような作品には、残念ながら出逢えなかった。もっといってしまうと、2次選考に上げた作品とて、まったく躊躇がなかったわけではない。それが正直なところだ。
 『T・K・O city ~テクニカル・ノックアウト・シティ~』西山裕彦は、2024年の東京を舞台にした近未来SFアクション。情報通信技術と仮想現実の発達によって、世界規模で人間たちが夢を見なくなり、それが超大国の深刻な問題となっていく設定は面白いが、果たしてこの近未来像はいかがなものか。合法化した“賞金稼ぎ”、従順に奉仕する“愛人用ロボット”、疾走する“エアロ・バイク”……独創性のなさに目をつぶったとしても、せめて2124年くらいじゃないと相当ムリがあるだろう。あと、文章の徹底的な見直しと改善が急務だ。基本的な文章作法の欠落、変換機能に頼り切った漢字の横溢、説明過多で無駄の多いセンテンス……そのどれもが、せっかくの物語の動きと切れ味を殺してしまって、とにかくもったいない。躍動感のある物語を紡げる方だと思うので、ぜひ次回も頑張っていただきたい。
 『ADは仕事を選ばない』近藤五郎は、大阪のテレビ局でADをしていた女の子が、静岡の小さな港町に開局するケーブルテレビのスタッフとして奮闘する、お仕事系エンタメ小説。こうした作品で挑戦してきてくれたことは、個人的にはとてもうれしい。テレビ関連のお仕事をされているだけあって、物語の背景に厚みがあり、適度なユーモアとテンポのいい文章にも好感が持てる。ただ、肝心のラストで明かされる“真相”は、読者を熱く感動させるまでの意外性と衝撃度という点でいかにも乏しく、尻すぼみの感が拭えない。途中のエピソードのひとつとしてなら活かすことも可能だとは思うが、物語を締め括る最後に持ってくるには絶対的に威力が足りない。これではキャラクターは涙しても、読み手の涙腺は緩まないだろう。すでにある程度の技術と才能をお持ちの方だと思うので、物語の構成について改めて検討するとともに、場面やエピソードの“効果”によりいっそうの工夫を凝らした作品で、ぜひまたチャレンジしていただきたい。期待してます!
 最後に、いくつか気になった点を記しておく。
 まず、文章作法がおざなりな作品が前回にも増して多い。ネットで「文章作法」と検索するだけでも基本的なことはたちまちわかるのに、なぜそれすら怠るのか? せっかくあなたが精魂を込めて創り上げた大切な物語のはずなのに、どうしてキレイに調えないのかが、私にはさっぱり理解できない。だって、1200万円を賭けた大勝負の場だぜ。せめて文章くらい、売り場に並んでいる商品に引けを取らないレベルまで、形だけでも磨き上げてから送り出すのが当然だと思うのだが? “うっかり”の域を通り越した、誤字脱字の雨あられで投じられた作品もあったが、それなどは言語道断だ。
 つぎに、作品を使ってあなたの人生を押し付けてくるのはやめて欲しい。申し訳ないが、ここは虚構の完成度を競う場なのだ。あなたが辛い人生に耐えることで気付けたことも確かにあるとは思う。だが、それをそのまま書いてどうするのだ。考えてみて欲しい。初対面で私が泣きながら「苦労と悲哀にまみれた俺の人生を知ってくれ!」なんてつかみかかってきたら、うへえ! と思うだろう? そんなものは作品以前の“わがまま”以外のなにものでもない。もし、どうしても伝えたくてたまらない切実な想いがあるのなら、ぜひ巧妙で独創的な虚構によってのみ届けて欲しい。むしろその方が、より多くのひとたちに想いを受け入れてもらえると思うのだが。あと、プロフィールに自分がいかに劇的な人生を歩んできたかを長々と書き連ねている方もいたが、そんなことに時間を掛けるくらいなら、作品の精度を高めるために推敲を繰り返して欲しい。自分を語る機会など、受賞後に取っておけばいいではないか。
 未完の作品は、どうか完結させてからご応募を。もしかしたら、「『このミス』大賞なんて未完で充分」と思われたのかもしれないが、まあそう斜に構えないで。多くの方が最後の着地に失敗してはいたが、それでも最後まで「物語を着地させてみせる!」と頑張って、苦心を重ね、とにかく区切りを付けてから投じてくれた。作品の出来不出来の前に、こういうところで負けてしまっているのは、書き手として悔しくないだろうか?
 暴力、エロス、死を記号のごとく連ねて書き飛ばしても、疾走感も艶も衝撃もちっとも生まれやしない。無抵抗の弱者を痛め付けて辱めて無惨に殺す場面があれば作品に狂気が宿るとでも思っているのなら、とんだ大間違いだ。人間の残酷さから目を逸らさない点は認めよう。だが、それを執拗に読み手に突き付けることでなにを伝えたいのかが見えないのではどうしようもない。
 世は電子書籍の時代に突入し、どれくらいのペースでそうなるのかはわからないが、今後確実に書店も書店員も減っていくことだろう。そんな時代に、「書店員が頭を下げてでも売りたくなるような渾身の傑作を待っています!」といったところで、きっと鼻で嗤われるか、絶滅危惧種でも見る目で憐れまれるのがオチであろう。よくわかっているつもりだ。
 とはいっても、である。書籍化される商品が減り、そして書店と書店員が減るということは、同時に、余程いいものでなければ書籍化されなくなり(造本には、お金が掛かりますからね)、そして数の減った書店と書店員は売り場に並べる商品をより厳しい目で選ぶようになる(ひとがいないんだもの、つまらんものまで並べてるヒマなどない)ということでもある。つまり、出版社が厳選した“いいもの”のなかから、さらに“いいもの”を選び抜いて並べることで読者諸兄の信頼を勝ち得て商いをする、そういうセレクトショップ的な売り方の時代になるともいえるわけだ。ということは、チト考えてみて欲しい。もしかしたら、「え、その作品って、配信だけで本になってないの?(失笑)」なんて事態も起きないとも限らない。「面白いか面白くないか」の基準が、「本にするかしないか」、そして「書店が売り場に置くか置かないか」でイコールになることも充分考えられるわけだ。
 けっこうしぶといんだから、書店も書店員もさ(笑)。だから、嗤うひとがいても憐れむひとがいても、懲りることなく力を込めていいますね。
 「書店員が頭を下げてでも売りたくなるような渾身の傑作を待っています!」

通過作品一覧に戻る