第9回『このミス』大賞 1次通過作品 20

競馬界のタブー「暗号競馬券」を扱い、
荒稼ぎを続ける元刑事。
個人と巨大組織の闘いを描いたサスペンス

『幻を買う人』 矢吹哲也

 中央競馬会理事長の孫娘が誘拐された。犯人は婉曲な言葉でイカサマを指示し、配当として身代金の受け取りに成功する。便乗して利益を得た元刑事・高峰正志は、競馬界のタブーである「暗号馬券」――関係者にレース結果を伝える暗号の存在を確信し、仲間とともに「暗号馬券師」として荒稼ぎを続けていく。しかし彼らの行動は競馬会に監視されていたのだった……。
 競馬のレースは八百長であり、結果は暗号の形で「馬券生活者」に伝えられる。競馬界が隠蔽しているこのシステムの奥では、官僚などの権力者たちが暗躍している――という陰謀論的な着想をもとに、個人と巨大組織の闘いを描いたサスペンスである。全篇にわたって(良くも悪くも)競馬の話が続くので、興味のない人には敷居が高い面もあるが、これは構造的にやむを得ないところだろう。
 扱っている対象が大きいだけに、無理のある設定はいくつも挙げられる。競馬界における情報管制とリスクヘッジ、暗号の構造とその解読法などを鑑みても、物語全体の危うさは否めそうにない。しかし「競馬はインチキではないか?」という普遍的な思い付きに根差したホラ話――あるいは一種のファンタジーと捉えれば、風変わりなピカレスクとして楽しめるはずだ。作中では様々な犯罪が描かれるが、それらが単純な善悪に分別されることなく、登場人物たちの価値観によって処理されるのも好ましい。裏社会ではこんなドラマが演じられているのかもしれない――という夢物語の一幕。こんな「幻」を愛するミステリーファンは多いに違いない。

(福井健太)

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