第9回『このミス』大賞 1次通過作品 10

総人口における認知症患者の比率が高まり、
解決が急務とされている近未来。
硬質な筆致で社会問題に切り込んだ意欲作

『Azhem-ig.00』 静原遊一

 創作に時事問題を取りこむのはなかなか難しい。架空世界を構築するだけでも一苦労なのに、そこに諷刺の能力を加算しなければならないからだ。好き勝手に想像の翼をはばたかせるのではなく、現実の似姿であることを意識してデザインを行うためには、筋の通ったデフォルメが必要となる。中途半端なものを晒してしまうことになり、読者から嘲弄を受けるからだ。難しい。できれば安易に手を出さないほうが身のためだ、と私は思う。
 静原遊一『Azhem-ig.00』は、リスクを恐れずに時事を描こうとした意欲作である。その点には敬意を表したい。作者が切り口として選んだのは、現代日本が直面している社会全体の「老い」の問題であり、その中でも認知症を題材として中心に据えた。総人口における認知症患者の比率が危険なほど高い値に達し、解決が急務とされる近未来が舞台となるのである。一言で表すならば、新薬開発にまつわる物語だ。認知症治療とは脳の経年劣化を人為によって食い止めようとする試みであり、見方によっては自然の摂理に逆らうことともいえる。だからさまざまなひずみが生じるのである。作者は迫力のある筆致でその開発の経緯を描き、読者の心中に緊張感を作り出す。予断を許さない展開である。
 賛否が分かれるのは、看護師・早川ちかほやフリーカメラマンの黒川強ら、複数の視点人物を設置し、多角的に状況を描こうとしたことだろう。こうした多視点の叙述には、「社会を隅々まで描くことができる」という利点がある。だが、作者が物語に施したデフォルメを無化することになりかねない、という欠点もあるのだ。他方向から光を当てれば、デフォルメによって生まれた影は打ち消されてしまう。この小説において試みが成功しているか否かは、2次選考委員の判断に委ねたい。付け加えておくと、作者の硬質な筆致には好感を覚えた。時に読みにくさを感じることもあったのだが、新人賞応募作の場合、この程度の気負いは許されるはずだし、読者に媚びない姿勢は評価されるべきだ。

(杉江松恋)

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