第9回『このミス』大賞 1次通過作品 02

記憶とは何か? 生とは? 死とは?
昏睡患者との意思疎通が可能となった近未来を舞台にした
謎と仕掛けに満ちた哀惜と諦念の漂う物語

『完全なる首長竜の日』 乾緑郎

 新人賞の下読みをしているとごく稀に、読み始めた瞬間、あっこれはものがちがうな、と直感することがあります。『完全なる首長竜の日』は、そんな稀有な物語でした。
幼い頃に家族とともに母の故郷である南の島を訪れた淳美。弟の浩市と二人して、魚毒を流し込んだ潮だまりで魚を捕って遊んでいたが、突然浩市が海に落ち、危うく波にさらわれそうになる。淳美は大人たちが駆けつけてくるまで、ずっと弟の手を握りしめていた。事件後、東京に戻るやいなや両親は離婚した。
 それから三十数年が経ち、淳美は漫画家として成功し一世を風靡したものの、人気にも翳りが出始め連載の打ち切りを告げられる。一方、浩市は自殺未遂を起こして、この数年間意識不明の状態にあった。そんな弟に対して、昏睡状態にある患者と意思の疎通を図るシステム〈SCインターフェース〉を通じて対話を続けている淳美。けれども、なぜ自殺しようと思ったのかという淳美の問いかけに浩市は答えることなく月日は過ぎていた。だがある日、一人の女性から掛かってきた電話によって、状況は大きく変わり始める。息子が彼女のマンガの大ファンであると告げた女性は、浩市との“意思疎通”を求めてきた。はたして彼女の真意はどこに?
 記憶とは何か? 生とは? 死とは? 過去数多の作品で取り上げられてきたテーマに取り組み、SF的なガジェットを用いて仕上げた、謎と仕掛けに満ちた哀惜と諦念が漂う物語。作中で淳美がルネ・マグリットの絵画『光の帝国』に対して、「作中に描かれているものの一つ一つは写実的だが、全体を見渡した時に、初めてその異様さに気がつく」と述懐した言葉が、読後いつまでも心の片隅に残ります。
 尚、本作は2009年に公演された演劇「LUXOR」の戯曲をベースに、作者自身が構想を膨らませ小説化した作品です。「応募原稿は未発表のものに限ります」という規定に対しては、戯曲と小説とは別物であるという事務局判断に従い、今回1次通過作として推すことと致しました。

(膳所善造)

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