第8回『このミス』大賞 最終審査講評


大森望(おおもり・のぞみ)

受賞作が賞の性格を決める

 前回の選評に「(候補作の)アベレージは過去7回で最も高かったのでは」と書いたばかりでなんですが、今回の最終候補7作は前回に輪をかけて粒ぞろいだった。
 ハイレベルな7本のうち、エンターテインメントとして頭ひとつ抜けていたのは、中山七里の『バイバイ、ドビュッシー』『災厄の季節』。ともにピアノの要素が共通するものの、小説のタイプはほとんど正反対。
 前者は、全身に大火傷を負った16歳の少女が、つらいリハビリとレッスンに耐え、5分しか指が動かないハンデにもめげず、ピアノ・コンクールで優勝をめざす——という音楽スポ根もの。世代が世代なんで、思い出すのは『のだめカンタービレ』より『いつもポケットにショパン』ですが、そこに『エースをねらえ!』の宗方コーチを配合、さらに“トウシューズに画鋲が”的いじめまでサービスする、堂々の王道エンターテインメント。ではどこがミステリーかといえば——という部分に関しては無理が目立つが、全体にそれを許容する語り口なので、致命的な欠陥にはならないと判断した。爽やか音楽青春小説と意外な結末の異種配合で、大ベストセラーになる可能性を秘めている。
 対する『災厄の季節』は、よくあるサイコサスペンスをそつなく書いただけ——と思ったらラストは怒濤のどんでん返し攻勢。おお、ライバルはマイケル・スレイドかよ! 確信犯的にここまでやるなら、B級感あふれるつくりものっぽい味わいもむしろ正解。
 とはいえ、のだめvsスレイドの対決は、一般性の点で、明らかに前者に軍配が上がる。ピアノ演奏描写の迫力とキャラクター造型も含め、小説としての出来も『バイバイ、ドビュッシー』が一段上。大賞候補にはこちらを推薦した。
 一方、読む前から問題作のオーラを放っていたのが『快楽的・TOGIO・生存権』
 〈結局、僕よりも白のほうが長生きした。僕が死んで半世紀以上経ったのに、白はそのことをずっと気にしている。〉
 という冒頭の1行から尋常ではない。少し読み進むと、これが異世界の日本を舞台にした青春小説だとわかってくる。”白”と”客人”の対話を見守りながら、死んだ僕が50年以上昔を回想する。口減らしのため山に捨てられた子供(白)を僕が拾ったばかりに家族は村で白眼視され、学校では執拗ないじめを受ける。そのいきさつを語る文章が圧倒的に力強く、読み出したら止まらない。
 問題は、村を出たあとの展開。僕は、行き当たりばったりにいろんな人と出会い、やがて東暁(もうひとつの東京)へとたどりつくが、異世界を支えるSF的なディテールがいかにも弱い(というか、微妙に古臭くて借り物っぽい)し、唐突なラストも、設定をきちんと突き詰めているとは思えない。しかし、それらの欠点は簡単に修整可能だし、オリジナリティと文章力は一級品。小説のタイプとしては平山瑞穂『ラス・マンチャス通信』や、吉村萬壱『バースト・ゾーン 爆裂地区』の系列だが、それらの力作群にも負けないパワーが漲っている。『バイバイ、ドビュッシー』とは対照的な野蛮さを買って、両作品への大賞授賞に一も二もなく賛同した。
 この賞に向くの向かないのという議論も出たが、私見では、賞の性格が受賞作の傾向を決めるのではなく、受賞作の傾向が賞の性格を決める。過去の受賞作から賞のストライクゾーンを測るのではなく、「オレがストライクゾーンを決めてやる」ぐらいのつもりで応募してほしい。どんなジャンルの小説だろうと、真の傑作なら大賞が獲れます。
 途中までは大賞有力かと思われたのが『カバンと金庫の錯綜劇』。パチプロの主人公の生活感あふれる日常描写はすばらしくリアルだし、彼が素人探偵として失踪人の行方を追い始める展開もスリリング。脇役に印象的なキャラが多くて、すぐにも映画やドラマになりそうだ。問題は、後半の仕掛けがわざとらしく見えること。このプロットをうまく消化するには、道尾秀介『カラスの親指』並みの技倆が要求される。自分でハードルを上げすぎて欠点を目立たせる結果となったのが惜しまれるが、優秀賞に文句はない。
 以下、選に漏れた3作については簡単に。題名・設定ともにいかにもB級っぽい『死亡フラグが立ちました!』は、意外にもどんどんまともな方向へ進んでいく。ただし、東野圭吾の某有名作品を露骨に連想させる犯人像がネックとなり、後半は息切れ。なお、1次選考で枚数超過が指摘されているが、20字×20行で組めば800枚以内なので、応募基準はギリギリ満たしてます。
 『鬼とオサキとムカデ女と』は、『しゃばけ』系列の時代ミステリ。オサキとオサキモチはライトノベル的にキャラが立ち、バディものとしても秀逸。ムカデ女を抜き、ホラー色を薄め、もう少しコミカルな味を足してキャラクター小説に仕立て直せば、大化けする可能性を秘めている。
 『太陽に向かって撃て』はストレートな冒険小説。すらすら読めるし、読み心地は悪くないが、パターンから1歩も出ていないのがマイナス。平均点では賞は獲れない。
 最後に注文をひとつ。今回、作品のレベルの高さに反比例して、(『死亡フラグが立ちました!』を除き)どれもこれもタイトルがひどすぎた。『快楽的・TOGIO・生存権』なんて言語道断。題名選手権なら真っ先に落ちてますよ。作品の顔なんだから、もうすこし真剣に考えても罰は当たらないと思う。


香山ニ三郎

本命授賞と伏兵の衝撃

 いつものように読んだもの順で取り上げていきます。
 まず中山七里『バイバイ、ドビュッシー』は、ピアノを習う名古屋の実業家の娘が火事で祖父と従姉妹を亡くし、自らも大火傷を負うが、新進ピアニストが家庭教師について切磋琢磨、さらなる殺人事件に見舞われながらもコンクールの優勝を目指すという青春音楽ミステリー。ヒロインの熟れた語り、スリリングな展開、音楽的な背景作りの確かさ、探偵像のクールな魅力等、さすが一昨年『魔女は甦る』で最終に残った実力派だけのことはあります。ミステリー的にも切れ味鋭い仕掛けが凝らされていて、トリック作り上の問題もないではないではないけど、細部を直せばOK。まずは上々の仕上がりぶりかと。
 続く高橋由太『鬼とオサキとムカデ女と』はオサキという妖怪を飼う青年が田舎の村を追われ、江戸の商家で番頭となるが、そこでも災難にあうという畠中恵+京極夏彦調の時代もの〃妖怪ミステリー〃。妖怪キャラが可愛く、語りもスタイリッシュ。リーダブルな因果応報話ではあるけれども、既存の人気作家の世界枠を超えるものがない。著者が書ける人であることはわかりますが、ぜひ独自の世界の構築を目指していただきたいと思います。
 その意味では、どこともわからぬ山村のいじめられ少年が人を殺めて逃亡、首都東暁の闇の世界で生きていくという太朗荘史郎『快楽的・TOGIO・生存権』は荒々しい遍歴譚の魅力に溢れています。ただ、未来SFなのか異世界話なのかよくわからないうえ、場面転換や現在と過去の往還時の切り返しも雑で、ちょっと読みにくい。そう、物語内容の面白さとは裏腹に、話作りの面では荒々しいというよりただ雑としかいいようがない。文体にしろ背景設定にしろキャラ造型にしろ、ある程度熟れていなくては読者のもてなしようがありません。著者の将来性は買うものの、かくて本作も脱落組。
 彼此屋圭市『カバンと金庫の錯綜劇』はパチプロ青年が店でシエナと名乗る美女にナンパされ、彼女の仲間もまじえた裏ロム販売に巻き込まれていきます。しかしメンバーのひとりホゲが裏切り、金を持って逃亡。彼はその際、暗号を残していくが……というわけで、主人公が事件に巻き込まれていく出だしは少々強引だけれども、先の読めない展開といい暗号仕掛けのミステリー趣向といい、太朗作品とは対照的に熟成されたエンタテインメントに仕上がっています。後半はさらに虚々実々のコン・ゲーム的展開で楽しませてくれるし、シエナを始めとする脇役の面々もキャラが立っている。血なまぐさい場面もないではないけど、殺伐とした趣向は極力抑え、後味のいい読後感を残してくれるところも好印象で、『バイバイ、ドビュッシー』の対抗作に相応しい1篇といえましょう。
 森山五丈『太陽に向かって撃て』はシリアの山岳地帯クルディスタンで誘拐された日本人商社マン救出のため、日本から交渉代理人が派遣されます。ひと癖もふた癖もある男女から成る交渉人チームが戦略を練り上げ現地に潜入するという筋立ては、スパイ小説や国際謀略小説系ではお馴染みのもの。この手の活劇系が残ってくるのは冒険小説系のファンとしては心強いし、シリア警察相手の駆け引きや山岳活劇の見せ場もきちんと用意されてはいるのですが、残念ながら、こちらも船戸与一等の既存作品を超えて訴えかけてくるものがありませんでした。
 古井盟尊『死亡フラグが立ちました!』はオカルト系雑誌のライターが知り合いのヤクザとともに彼の組長を殺した〃窮極の殺し屋〃を探し始めます。そこに、ある作家の幻の長篇作品を探す男女や小学生時代に一家惨殺事件で友達を失った刑事等が絡んでくるという、軽タッチ、バカミス仕掛けの犯罪小説。トンデモない殺し屋探しの行方は充分楽しいのですが、各エピソードを引っ張り過ぎて少し間延びした感あり。話がどう収れんしていくか、だいたい読めてしまうのも惜しまれますが、著者にはこのスタイルが合っているような。コメディ系の作品は貴重だし、この作風での再挑戦を期待します。
 最後は中山七里の2作目『災厄の季節』で、こちらは埼玉県を舞台にした連続殺人事件の行方を追った捜査小説。展開それ自体はオーソドックスですが、著名な翻訳ミステリーを髣髴させる猟奇趣向やひねり技の連続で読ませます。『バイバイ、ドビュッシー』を明とするなら、こちらは暗。どちらを選ぶといわれれば、より広い読者が獲得出来そうな『バイバイ、ドビュッシー』のほうでしょうが、こちらも充分商品化可能な快作でしょう。
 そんなわけで、『バイバイ、ドビュッシー』と『カバンと金庫の錯綜劇』を授賞対象として選考会に臨んだのですが、投票の結果、そこに『快楽的・TOGIO・生存権』が割り込んできました。個人的には太朗作品の評価は辛いのですが、作品に魅力があることは否定しないし、それを高評する委員が出てくるであろうことも織り込み済み。彼此屋作品を優秀作にせざるを得なくなったことに忸怩たるものはありますが、今回は完成度の高い中山作品と将来性も込みの太朗作品という2作授賞に同意しました。


茶木則雄

「異端」と「正統」

 読みはじめて、度肝を抜かれた。『快楽的・TOGIO・生存権』である。
 まるで読者の存在を忘却したかのように、一切の説明がない文章。舞台設定を読み解く手がかりはまったくなく、普通ではない——つまり今の日本ではない——風変わりな物語世界が、描写と会話だけで進められていく。冒頭から異様なまでの牽引力に満ち、読み手の心を捉えて離さない。重苦しい物語であるにもかかわらず、ページを繰る手が止められないのである。読む者の臓腑をえぐるかのような、重いパンチ力に満ちた文章と、斬新な物語世界。それが牽引力の源だ。一言で言って、ものが違う、と感じさる異彩ぶりだった。
 一切の説明を省き、描写と会話だけで成立させるこの小説スタイルが、計算し尽されたものなのか、あるいは、たまたま、なのかは、分からない。もし前者であれば高度な小説テクニックをそなえた書き手だし、後者であるなら、抜群の天分を持つ書き手と言える。いずれにせよ、世に出て然るべき才能だ。
 ただ、尋常ならざる迫力を感じさせる前半に比べ、後半は明らかに弱い。読み手の慣れもあるが、メガトン級の牽引力が弱まり、ガス欠で息の上がった感がなきにしもあらず、だった。切れ味のないラストの収束方法も問題だろう。
 最大の問題は、この賞にふさわしいかどうかだ。ミステリでもなく、純然たるSFでもない。エンターテインメントかどうかさえも怪しいものだ。『このミス』とは対極にある、文学的スタンスを持つ作品である。『このミス』大賞においては、異端の存在といっていい。
 私自身は、この『快楽的・TOGIO・生存権』と心中するつもりだった。『このミス』大賞に新風を吹き込めるのは、前例のない、強烈な個性を持つこうした作品だろう、と考えていたからである。読書界にインパクトを与えるなら、優秀賞や特別賞ではなく、大賞以外にはありえない。そう思って臨んだ選考会だった。
 しかし一方で、正統派の大賞候補も存在した。同じ作者による『災厄の季節』『バイバイ、ドビュッシー』である。第6回の最終選考に残った『魔女は甦る』で、確かな才能の萌芽を感じさせた作者だが、今年その才能は見事に花開いた。『災厄の季節』は一見、ありがちなサイコスリラーの体裁を装っている。が、二転三転するどんでん返しといい、残虐な事件の裏に隠された深遠なテーマ性といい、リーダビリティに富んだストーリー展開といい、海外のサイコスリラーに伍して戦えるクオリティを誇っている。推敲に若干の問題はあるものの、まさに『このミス』ど真ん中の大賞候補だ。
 かたや『バイバイ、ドビュッシー』も負けていない。終盤で大掛かりなトリックが炸裂する、極めて上質の音楽ミステリ。ピアノの音が聴こえてきそうなほど緊迫感に富んだコンクール・シーンの描写力は、特筆に価する。探偵役の人物造形も実に魅力的で、前回指摘したキャラクタライゼイションの向上にも、明らかな進歩の跡をうかがわせた。仕掛けを重視するあまり、違和感を抱かせる部分もあったが、これは修正可能だろう。第1回の受賞作『四日間の奇蹟』を彷彿とさせる、癒しと音楽の見事なコラボレーションに、心から拍手を贈りたい。これまた、堂々たる正統派の候補である。
 通常であれば、「異端」対「正統」の一騎打ちになるのだろうが、協議の結果、正統派のなかからまず『バイバイ、ドビュッシー』を残し、『快楽的・TOGIO・生存権』とのダブル受賞に落ち着いた。『このミス』ならではの選択、かもしれない。「異端」を取り込み、「正統」を重んじてきたのが、まさに『このミス』の歴史だからである。
 優秀賞に決まった『カバンと金庫の錯綜劇』は、キャラクターの魅力と語り口の心地よさでは、全応募作の中で1、2を争う出来映えだった。黒幕の扱いにいささか不満は残るが、コメディタッチの犯罪小説としてデビューの水準には充分、達している。受賞に異論はないところだ。
 惜しかったのは『死亡フラグが立ちました!』。私自身は上記4作についで面白く読めた。状況次第では、昨年同様のダブル受賞、ダブル優秀賞もあるかと思ったが、刈り込み不足で長すぎる、という意見には賛同せざるを得ない。
 『鬼とオサキとムカデ女と』の作者は、別の賞でも読んでいるが、才気を感じさせる書き手だ。ただハイレベルな候補作に混じると、この作品ではやはり弱い。『太陽に向かって撃て』は冒険小説ファンの私には、まったく評価できなかった。ディテールも背景も脆弱で、水準に到るには、相当の隔たりがある。

 聞くところによると、今年の受賞者は全員、『このミス』大賞で1度は落ちているそうだ。なかには何年も応募し続けたという人もいると聞く。
 作家志望者にとって、これ以上の励みはあるまい。


吉野仁

ドラマで読ませる、独創的な作品を求む

 久しぶりに「絶対評価」で最高点をつけるべき応募作に出会えた。もはや「他の応募作とくらべて」完成度が高いとか欠点が少ないとかいうレベルではなく、「文句なしに素晴らしい」から大賞に推すのだ。『快楽的・TOGIO・生存権』は、現実とは異なる世界の物語だが、まぎれもなくいまの日本(東京)の現状をシュールに置き換えているかのようだ。子どもは捨てられ、世間に逆らうと過激ないじめにあい、都会は殺伐としている。そして異世界を描きながら、一切、そのことに関して作者は説明をせず、どちらかといえば重苦しい話が続いていく。それでいて、読みはじめると、物語にぐいぐいと引き込まれてしまった。その奇妙な異世界への関心と独特の文章力により、たちまち心を鷲づかみにされてしまったのだ。いくつか荒削りの部分もあるが、既成作品の表面だけをなぞって真似てみせたような陳腐さはみじんもない。
 唯一、問題があるとすれば、2次選考で指摘されていたように、従来の「ミステリー」としての枠には収まらない内容であること。少なくとも「探偵小説」でないことは確かだ。それでも大賞に推したのは、「このミステリーの枠を超えてすごい!」作品だから。賞のタイトルを今回限り変えてもいい。これが間違った判断だというのならば、喜んで間違った側にいたいものである。
 もうひとつの大賞受賞作、『バイバイ、ドビュッシー』に関しては、最終選考委員の中でわたしだけ低い評価だった。細部のつめが甘いからだ。この小説を成立させるためには、おそらく1作を書き上げた時間と労力をさらにまるごと推敲にあてなくてはならないのではないか。一例をあげると、ある少女はインドネシアからの帰国子女という設定なのに、大人が使うような表現の台詞が平然と出てくる。そのほか会話が浮いていたり、物事の説明がしつこく書かれていたりするなど、粗い部分が目立った。音楽やピアノに関する展開も、あまりにも劇的に描かれすぎており、わたしにはいまひとつ。そこへミステリーとしての妙がうまく加わればいいのだが、肝心の「細部の甘さ」があるため、素直に面白がることができなかった。しかし、この賞は出版までに問題点を加筆訂正できる。そこを考慮して、大賞受賞に反対しなかった。
 同じ作者の候補作では、むしろ『災厄の季節』のほうを高く評価した。大胆な設定と展開をうまく持ちこんでいて、某海外作品の単なるパクリに終わってない。ともあれ、まったく違ったタイプの作品が2作最終に残ったわけだ。それだけ書き手に筆力があるということなのだろう。
 惜しくも優秀賞になってしまったが、『快楽的・TOGIO・生存権』についで大賞に推したのは、『カバンと金庫の錯綜劇』だ。登場人物たちの繰り広げるてんやわんやな日常を語っていく、その力量はプロ作家並みといっていい。さらにパチンコの知られざる裏世界を描いた面白さに加え、印象に残るキャラクター、謎めいた仕掛けの数々など、題材、人物、趣向の3拍子が揃っている。しかし、後半やや失速し、盛り上がりに欠けているのは否めない。大賞こそ逃したが、将来有望な書き手になることを願っている。
 最終選考に残った中、まったく評価できなかったのは、『太陽に向かって撃て』である。短い章立てごとに視点人物がめまぐるしく変わる。しかも、ご都合主義の人物設定だったり、背景や物事の説明が長々と続いたりするなど、小説としての出来がいまひとつだった。このジャンルの代表作を読み返すなどして、一から勉強する必要があるのではなだろうか。名作がどのように書かれているのか、細部までじっくりと読み取ってから創作にかかってほしい。
 『鬼とオサキとムカデ女と』は、独特のキャラクターが登場する時代伝奇もの。しかし、ある程度読み進めても話の本筋が見えないため、いまひとつの印象のままで終わってしまった。なにか全体を貫くドラマの核となるものが欲しい。また、粗い文章も減点となった。改行と1行あけを多用した文体そのものを見直す必要がある。これらの点をしっかりすれば、たちまち受賞レベルに近づくだろう。
 最後に、『死亡フラグが立ちました!』だが、うんざりするベタなギャグやネタの連続で、途中、何度も読むのを止めたくなった。ところどころに光る部分もあるものの、なにしろムダに長い。そもそも基本的なストーリー自体が作者の都合だけで安易にこしらえている感じが強く、それを払拭するだけの筆力に乏しい。センスと構成力が欲しいところだ。
 今回、最終に残った作品は、全体的に水準が高かった。その分、受賞作に対する要求が厳しくなったかも知れない。わたしが評価するのは、まずは文章やドラマとしての完成度であり、これまで読んだことのない内容であることだ。細かいところまで配慮が行きとどいた仕上がりであれば、文句はない。