第6回『このミス』大賞 1次通過作品

『林檎と蛇のゲーム』 森川楓子

 母親を交通事故で亡くし、父親と二人で暮らす中学三年の名取珠恵。二週間に及ぶという父親の海外出張の間、彼女は水野鈴奈という女性と暮らす羽目になった。水野は父親の昔からの友人だという触れ込みだが、珠恵は、水野が父の愛人ではないかという疑いを抱く。そんな二人の共同生活が始まって数日後、珠恵の愛猫が殺される事件が起きた。珠恵が犯人と想定する近所の女性占い師を訪ねると、何とその占い師も殺されていた。あわてて自宅にとって返し、警察に連絡しようとする珠恵だが、水野はそれを辞めさせる。そして、珠恵の父のベッドの下に隠してあった荷物を引っ張り出し、それを抱えて逃げようというのだった。その荷物とは、一億円の札束であった……。

 父と二人で平穏に暮らしていた珠恵が、父の旧友とはいえ謎の多い女性に導かれるまま逃亡生活を送る羽目になるという序盤の展開が、まず見事である。そこで読み手の関心をグイとつかまえているのだ。その上で作者は、父や水野の秘められた過去を小出しにしたり、あるいは、珠恵を殺人容疑者に追いやるなどして、読者の興味を増大させていく。そうした鮮やかな展開を支えているのが、珠恵や水野、あるいはその他の脇役陣も含めた人物造形の確かさだ。特に水野がよい。主人公の珠恵にとっても読者にとっても謎の人物であり、しかも味方であるという彼女を産み落としたことで、本書は半ば以上成功したといえよう。さらに、殺人の鍵を握る人物として後半で登場する少女の造形もしっかりしているし、スピーディーかつ先を読ませない展開も魅力的。逃亡劇としてのスリルも十二分にある。しかも、一億円の行方についても実によく考えられているのだ。

 この作品と出会えたことは予選委員冥利に尽きる──そんな一篇である。

(村上貴史)

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