第6回『このミス』大賞 次回作に期待 杉江松恋氏コメント

『愚者の船』 赤木夏之
『虹色ビー玉症候群』 三好正輝
『死者のために祈りを』 河波修高
『オン・ザ・クロスロード』 山下 連
『黒潮に哭く』 片桐貞夫

杉江松恋コメント

 『このミステリーがすごい!』大賞は、応募原稿中の水準が高く、毎回1次選考では苦労をさせられる。小説として成立していない作品が皆無に近いため、非 常に高いレベルでの比較を求められるからである。1次選考ではあるが、毎回心を揺さぶられるような作品に当たる。役得である。応募者のみなさんにはたいへん感謝しております。
『愚者の船』は、陰謀によって投獄された青年が、ことの真相を知るために過去を調べ始めるという話だ。個人による捜査が描かれた話としては端正な出来ではあったが、主人公の行動がすいすいと巧く進みすぎ、若干のご都合主義を感じさせるのが難だった。自身の存在を否定するような危機的状況にまで踏み込まなければ、彼の再生を描くのは難しい。
『虹色ビー玉症候群』は、二十五歳の若い私立探偵が実姉の手を借りながら少女の失踪事件を追うという話である。オーソドックスなハードボイルドの構造を使っていることに、期待感を抱かされた。ネット社会の拡大を前提にした事件で、それなりにおもしろいのだが、肝腎の〈盤面の敵〉の描き方に新味がない。こうした犯人を設定するのなら、個々のエピソードがまだ弱すぎる。
『死者のために祈りを』は、私立探偵小説でこそないが、話の構造はそうしたものを援用している。「虹色ビー玉症候群」と題材は違うが、ネットというものの匿名性をテーマにしている点は同じだ。しかし機械仕掛けの神をむやみに降臨させるのは考えものだと思うのである。人の死のそれぞれの事情を、もっと丁寧に書かないと。
『オン・ザ・クロスロード』はクラブDJを主人公に起用し、現代の風俗とぴったり歩調を合わせた書きっぷりでキャラクターを生かした点が非常に良かった。肝心の事件部分の未整理な感じが難だったのと、文章の刈り込みが不足してやや冗長な印象を受けた点が残念である。主人公がたたく軽口なんかにも味があってよかったんだけどな。お話で大事件を起こそうとして無理をする必要はないと思う。
 最後まで悩んだのは『黒潮に哭く』である。文章は通過作に勝るとも劣らないほど巧く、終戦直後の沖縄の混乱を題材にした物語にも読み応えがあった。通過をためらわせたのは、物語の核となっている報復譚が、付随するもろもろの要素によって埋没させられてしまったからである。本作も欲張りすぎなのである。ここから何を削り、何を残すかが大事だと私は思います。

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