第3回『このミス』大賞 1次通過作品 立読み

『オセロゲーム』 サワダゴロウ

妻の愛人を殺害して逃走か

 二十七日午前七時四十分頃、大阪府M市**町の人家で人が死んでいると、この家で家事手伝いをしている男性から一一〇番通報があった。
 M署員が駆けつけたところ、死亡していたのはS市在住の画廊経営者、日下不二也さん(三八)と判明。
 画家でこの家の主人、由里江仁さん(五二)の行方がわからなくなっており、M署は由里江さんが事件に関与した可能性があるとみて捜している。

 第一章

 俺(現在)

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 人殺しの息子が、何をやってもうまくいくもんか……。
 大学卒業を機に、将来は画家としてやっていきたいと打ち明けた俺に、親父が返した台詞だ。
 画家になるのは、俺の幼い頃からの夢だった。
 親父の吐く息はひどく酒臭かった。傍らには空になった一升ビン。お袋は俯いたまま何も言わなかった。
 三枚羽根の扇風機がせわしなく左右に首を振り、八畳一間のリビング兼ダイニングに生ぬるい風を送っていた。テレビから垂れ流される低俗な笑いが、締め切ったガラス窓を叩く雨音とないまぜになって、俺の神経を逆撫でした。
 六月の、じめじめとした陰欝な日だった。
 美術系の大学を出たところで、簡単に就職先が見つかる時代ではなかった。長く続いていた不景気のあおりを受け、どの企業も、以前のように来る者拒まずで新卒生を採用するわけにはいかなくなっていたのだ。
 幸運にも、一足早く就職先が決まった同級生たちでさえ、大学で身につけた技術とは無関係の会社から内定をもらうのがやっとという有様だった。
 そんなご時勢だったから、俺自身、画家として生計を立てることの難しさを充分に理解していたつもりだ。だから当面は、アルバイトでもしながら制作活動を続ける覚悟もあった。当然両親には、それまで以上に負担をかけることになる。したがって、彼らが息子の安易な将来設計に難色を示すことは想像に難くなかった。
 それでも根気よく説得を続ければ、必ず折れてくれる。いつものことだ。俺の両親は、決して自分たちの考え方を押しつけることはしなかった。放任主義ともまた少し違うのだが、彼らは、俺が自発的に行動することに対して、ある一定の理解を示してくれていた。
 子供の頃、俺が家でペットを飼いたいと言い出した時も、彼らは俺が世話をするという条件で、ハムスターを買い与えてくれた。
 小学五年生になると、級友たちに触発された俺を、塾に通わせてもくれた。
 結局、ハムスターは俺が世話を怠ったのが原因ですぐに死んでしまい、塾通いの方も、学校よりも高度な授業についていくことができず、半年もせずにやめてしまったのだが……。
 そんな風に育てられてきたからかもしれない。だからあの時も、俺は心のどこかで、最終的には彼らの承諾を得られるであろうと高を括っていたのだ。
 それなのに。
 親父の反応は、まったく予測できないものだった。

 人殺しの息子……。

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