第2回『このミス』大賞 1次通過作品 立読み

 ウォール・シティは、外国人に対しては比較的寛容な開かれた市である。人口三十万とも五十万ともいわれるダウンタウンの住人のほとんどは、海外からの移住者、放浪者、無法者たちにより占められている。ウォール・シティが時として日本でないようにみえるのも、ひとつにはその所為だった。
 それに比べて、日本人に対する態度は、頑なかつ排他的だった。とりわけ、政府の役人は、徹底的に入市を拒絶された。理由は、もちろん、政府が管理と支配をもくろむからである。ウォール・シティが標榜するのは、それとは正反対の自由、自主独立、それだったからである。
 地方の自立。文字どおりの、独立……。
 そんなウォール・シティを、政府が無理やりにも管理下に置けない理由は幾つもあった。ひとつには、いちどはこの街を見棄てたという心情的な負い目である。いまからおよそ八年前、この地方都市に奇妙な病気が発生した。そのとき政府はこの市を見殺しにしようとした。病気の市外への蔓延だけを恐れ、いま現在ウォール・シティを囲っているふたつの壁のうち最初の壁を建設し、市をまるごと隔離しようとした。具体策もなく、残った住民を壁のなかに閉じ込め、政府は空から救援物資を投下し続けた。
 物理的にも、政府はウォール・シティに対して無力だった。というのも、ウォール・シティで生き長らえるには、この致死の病気に罹らずに済むための予防薬が必要だったが、その予防薬の製造、管理、配付は、一手にウォール・シティの管理局が握っていたからである。だから、強引に市に侵入することは、たとえ中央政府であってもできない話だった。予防薬もなく市に這入れば、謎の病気に罹患し、確実に二十四時間以内に死亡する。トゥエンティフォー・アワーズに身体中の細胞を蝕まれ、高熱を発し死亡する。予防薬は辛うじてみつかっていたが、治療法はいまだ解明されていなかった。
 背筋を悪寒が襲い、思わず彼女はコートの内ポケットを押さえた。そこには一枚の書類がしまってあったからである。ウォール・シティの管理局発行の入市許可証。これがなければ、壁のなかには這入れない。

「氏名/吉岡亜矢 生別/女 年齢/二十九歳
 資格/元市民
 入市目的/墓参
 フォーティエイト・アワーズ三錠を認む
 管理局印」

 フォーティエイト・アワーズ三錠。
 許された時間は、わずかに一四四時間。丸六日間。自分の生まれ育った場所に帰るというのに、たったのそれだけ。
 しかも、そこは紛れもなくいまだ日本の一部なのである。

 小雨の濡らす船窓から外の闇を呆然とみていた。老朽化したディーゼル・エンジンのこもった唸り声が、船体の隅々にたえず細かな振動を送り続け、漏れ出た重油の匂いが鼻に付いて離れない。
 と、進行方向に、ぎらぎらと輝く白い光がみえてきた。
 白く輝く光に、輪郭となって影が浮かんだ。しばらくすると、影は船の形となって近づいてくる。
 すれ違うフェリー・ボートだと解かった。陽気な観光客を乗せて、対岸の空港に帰ろうとしているのだろう。
 フォーティエイト・アワーズ二錠。それが、観光客に許されるぎりぎり最大の滞在日数だ。九十六時間。三泊四日の旅。短い旅には違いないが、いまや一匹のモンスターの如く成長を遂げたウォール・シティのダウンタウンは、餓えた観光客の欲望を十二分に充たしてくれるだろう。事実、観光業は、市の重要な収入源のひとつになっている。海外からの観光客を中心に、老若男女が好奇心と欲望の捌け口を求めてウォール・シティを訪れる。フォーティエイト・アワーズの配付という役割を通じ、実質的に観光業を一手に担う管理局の懐はうるおい、ますます既成事実化するウォール・シティという存在に対し、いよいよ政府は手が出せなくなるのだった。

ページ: 1 2 3