第1回『このミス』大賞 銀賞/読者賞 受賞作
『逃亡作法─TURD ON THE RUN』東山彰良
東山彰良(ひがしやま・あきら)プロフィール
1968年、台湾に生まれる。73年より日本で生活。
91年地元福岡の私立大学卒業後、東京にて航空会社勤務。
翌92年退社、大学院進学。経済学修士課程修了後、博士課程進学のため中国へ留学。
その後、通訳の仕事を経て、現在福岡県下の大学で中国語、ならびにアジア経済学の非常勤講師として勤務。
※受賞時のタイトルは『タード・オン・ザ・ラン』著者名は東山魚良
受賞コメント
2000年の12月、記憶のなかで、それは雲ひとつない、それほど寒くはない夜だった。食事を済ませ、シャワーを浴び、明日の準備をし、読みかけの本と熱いココアを抱えてカウチにひっくり返る……そんないつもの夜に、この小説の一行目は、唐突に、だけど、まるでずっと前からそこにいたのだという貌をして、落ちていた。
僕は当たり前のこととして、それをひょいっと拾い上げた。
〈昨日、天国から天使が舞い降りて来た。彼女はおれを救い出せるほど永くそばにいてくれて、月と深く青い海の秘密の恋について話してくれたんだ〉と、ジミ・ヘンドリックスが頭のなかで歌っていた。
天使というのは物語を聞かせてくれるものなんだと、妙に納得した。
作品を読んでいただいた選考委員の方々には、僕を訪れた天使がジミ・ヘン的でも、そして、もちろんガルシア・マルケス的でもないことが、20秒でバレてしまったはずだ。彼女は性格にかなりムラがあり、自分を傷つけない程度に悪態をつき、健康を損ねない範囲でタバコを吸い、計算された放恣さで酒をあおり、勝負用の下着を少なくとも1ダースは持っていて、そのくせ、僕を救い出せるほど永くそばにいてくれるのかどうか全く分からないような、そんな一筋縄ではいかない天使のひとりだった。
宝島社と一緒になって罠を仕掛け、酔っぱらった彼女が語ってくれた物語をなんとか形にできるのは、ラッキーの一言に尽きる。ひとりでは到底無理だった。
謝天謝地、そして、謝宝島社。
2002年10月1日、地元福岡の渇水を憂慮しつつ