第16回『このミス』大賞 2次選考結果 村上貴史

初めての顔ぶれの選考会も、納得の決着

 選考委員が一人交替して初めての二次選考会は、二人対一人のパターンもあれば、三者三様のパターンもあったが、満場一致はなかった。そんな二次選考を勝ち抜いた五作品について、まずは触れておくとしよう。
 まずは田村和大の『自白採取』。これは私が一次で選んだ作品。二次選考でも実力は抜きんでていた。高度な技に挑み、ほぼミス無くそれを成し遂げているのだ。完成度が高く、もっとも満場一致に近かった作品といえよう。最終選考での活躍を期待する。
 くろきとすがやの『カグラ』は、読んでいる最中の愉しさでいえば、『自白採取』以上だった。トマトの枯死の謎という読者に馴染みのない題材を扱っているが、その分野の専門知識を持たない読者でも十分に勘所を理解できるように書かれており、それが愉しい読書に繋がっている。難点を指摘するとすれば、主人公が陥る危機を解決する手段が“後出し”で示されることだ。実はこんなすごい兄がいました、のような。プラスαとしては、タイムリミットをさらに強調してもよかったように思う。いずれにせよ、三角関係の模様や、インターミッションで描かれる夢を含め、たっぷりと堪能した。
 広瀬俊亮の『生態系Gメン』は、この夏話題になったヒアリではないが、外来種の引き起こす問題を描いたサスペンスである。題材のユニークさにキャラクターの魅力が加味され、新鮮な作品を読んでいる味わいを堪能できる。導入部がキャッチーで、しかも後半に行くにつれテンポが良くなる点も魅力。昆虫とのバトルも迫力に満ちていて愉しめた。
 水無原崇也の『十三髑髏』は、四話からなる連作短編集。全体としては、人物造形も良いし連作としての枠組みも良いし、謎解きも良い。ただし、その良さにばらつきがあるのが難点だ。第一話は髑髏を操るトリックが素晴らしいし、変化を味わえる第三話もよいが、最終話が弱かった。息切れしたのだろうか。この最終話のせいで、危うく落選するところだった。員数合わせは命取りになりかねないので注意されるとよかろう。
 薗田幸朗の『千億の夢、百億の幻』は、正直悩ましい。AIの描き方が丁寧なのは理解できるが、その使い方がもう一つ二つ腑に落ちないのだ。なまじリアルにAIを書いているだけに、この作品でのこの使い方では、リアリティの薄さが目立ってしまう。今回の応募作にはAIを題材とした作品が多く、それらのなかでは、この作品が最もよく書けていたのは確かだが、それでも前述の不満点は残る。前回の最終候補作『沙漠の薔薇』と全く異なる作品を応募してきたことは、プロの書き手となるための力量を備えていることを感じさせてくれるのだが、中心となる素材の扱いは、イランの核燃料開発施設を採り上げた前回の方がユニークだったしスムーズだった。と不満は述べたが、十分に読ませる作品であったのは確かで、他の委員たちが最終選考に残したいという意見を否定することはしなかった。
 続いて、惜しくも最終選考に残らなかった作品について述べていこう。
 最も印象に残ったのは、くわがきあゆの『俺が泣かせた女』である。インパクトだけならば、最終選考に残った作品を含めて二次選考作品中最高といってよい。まずは、中心人物に関する認識が読み手のなかで変化していくスリルがこのうえなく刺激的だ。筆遣いも達者でクイクイ読ませるし、例えば毛根のDNA鑑定に関する処理など、伏線の張り方も巧み。“親子”というキーワードを出すことで読み手を錯覚させる手際も鮮やかだし、ストーリー上の必然性を伴うかたちで別の視点を挟み、それによって隠しておきたいことを隠すテクニックも備えている。ということでこの作品を強く推したのだが、ひどい奴のひどい話であることは全く否定できず、他の委員の共感を得られなかった。
 ブラジルを舞台にした冒険小説である宮本豊司の『青空作戦』も愉しく読ませていただいた。ヒロインと相棒の活躍が痛快でテンポもよい。一〇〇〇年後の青空に関する決め台詞もナイスだ。とはいえ、作中の年代が微妙に異なる二部構成にしたことが、弱みになった。前半後半が、それぞれにスケールの大きさに欠ける良品にとどまってしまっているのだ。例えば八対二くらい(あるいはその逆)の比率にするという案は検討されたのだろうか。複数のパートから全体を構成する際には、なにをその作品の強みとするのか、そうした設計も大切である。
 渋川紀秀の『プシュケーの剃刀』は、警察小説、それも公安機動捜査隊の化学班という特殊な部署の小説として魅力的だった。まずは筆力が傑出している。ヒロインの過去も、警察小説のヒロインが背負う過去としては尖っていてよい。冤罪という問題へのアプローチも誠実で好感が持てる。しかしながら、全体としては詰め込みすぎの感があり、また、犯人の設定も収束感に欠ける。構成要素をスリム化すれば、十分に最終候補に残りうる作品になったのではなかろうか。
 このお三方に関しては、書き手としての能力はあるとくっきり感じられたので、是非とも再挑戦していただきたい。
 愉しく読めたという点では、矢吹哲也の『生放送60時間――キボウノヒカリ誘拐事件』もなかなかのものだった。TV局を露悪的に描きつつ、馬の誘拐事件を臨場感をもって描いていて好感が持てたが、先行作品の存在もあって競馬ミステリとしての新鮮味に欠けた。
 黒川慈雨の『星になる』は、前半に衝撃的な仕掛けがあったり、犯罪者の壊れっぷりの不気味さがきっちりと描かれているなど、十分に読ませる出来であったが、ラストが問題。確かにインパクトはあるのだが、登場人物の動きとして不可解。何故そんなことをするのかが理解できないのだ。読み手をもやもやさせる幕切れといわざるを得ない。
 七条幸の『カーリーマー』は、ミステリでは定番の一つである手法を用いた作品であり、その手法の主体がかなりエグい。そのエグさが魅力ではあるが、全体として焦点がぼけたまま物語が進んでいるように読めた。中心人物を直接描くのではなく、外部の複数の視点から浮き彫りにする書き方そのものはアリだが、その完成度がもう一つ。
 貴志祐方の『愛の記録』と高須匤躬の『悪魔の笛』とKAnonの『密告裁判』は一次選考で私が推した作品。長所は一次の選評に記したが、二次選考会においては、現代の物語としての不自然さ(『愛の記録』)やトリックの実現性(『悪魔の笛』)、事件の社会の受け止め方の不自然さ(『密告裁判』)などの短所を指摘され、長所と短所をトータルで評価すると、最終選考に残った他の作品を上回れなかった。
 以降に記す作品については、正直なところ、二次選考止まりとすることを躊躇わなかった。
 渋川宙の『HICARU』はAIが題材の一冊だが、その能力やその限界が、作者にとっての都合で設定されていることがハッキリ見えてしまい、作品に入り込めなかった。倉橋省吾の『完全予測棋譜』もまたAIもの。謎の設定は『HICARU』より数段上だったし、登場人物の魅力もあったが、AIの使い方には、やはりがっかりさせられた。この二作については、『千億の夢、百億の幻』というライバルがいたことも最終選考に推せなかった一因である。流行りものを使う際のリスクである。
 ライバルに負けたのは、井塚智宏の『ダージリンには早すぎる』も同様。『十三髑髏』に負けたのだ。謎解きの短篇集であり、第一話は(いささかリアリティに疑問はあるものの)意外な真相を愉しめた。その他の短篇がこの第一話に及ばず、結果としてライバルを凌駕できなかった。世界観の強さでも『十三髑髏』の方が上だった。
 細霧伝の『学術情報部の悩み相談テーブル』は、ネットワークセキュリティが題材。ITのなかでもこのレイヤーに着目した点は独自性として評価できるが、専門性を極めて読み手を圧倒するでもなく、入門レベルにとどめて他の魅力を追及するでもなく、そこそこのネットワーク知識に依存した謎解きという中途半端なレベル設定であったことが、まずは敗因である。
 宮ヶ瀬水の『伊藤杏寿、顛末』は、心霊現象の存在を前提とした一冊。それを前提とするのはいいが、冒頭の一文で“そういうもの”と書いて済ますのは、書き手としての工夫が足りないように思うし、また、心霊現象を真とした割には、真相がおとなしすぎた。人間関係の重なり方も強引さが目についた。
 川路謨の『化生人形』は時代小説としての読み味は悪くないが、ミステリとしての仕掛けが浅すぎる。無理にミステリに仕立てず、他の賞を目指した方がよかったのではなかろうか。

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