第17回『このミス』大賞 最終選考選評

大森望

最終選考史上初の事態!大賞はぶっ飛んだ設定のサイコパスもの

 ああ、驚いた。まさに、開けてびっくり玉手箱。
 選考会は、候補作それぞれについて、各選考委員が自分の採点を発表するところから始まる。自分がAをつけた作品に他の誰かがCをつけているのを知って(またはその逆)あっと驚くのは珍しくないが、なんと今回は、香山委員と吉野委員の採点が(ABCの3段階評価では)完璧に一致。こんなことは『このミス』大賞始まって以来じゃないですか。その二人が、ともに一個だけAをつけた作品が、倉井眉介『怪物の木こり』。これに今回の最低点(B-)をつけていた大森は、早々に白旗を掲げることになった。こんな惨敗は初めてです。いっそ清々しい……。
 というわけで、めでたく大賞に輝いた『怪物の木こり』だが、設定とストーリーは文句なしに面白い。主人公の二宮は、辣腕弁護士にしてサイコパスのシリアルキラー。対する敵は、被害者の頭をかち割って脳を奪う連続殺人鬼、通称・脳泥棒。どうやら事件の背後には、人格を操作する脳チップの存在があるらしい……。
 主人公が怪物マスクの男にいきなり斧で襲われる冒頭から読者をつかみ、プロットだけなら満点に近い。なのにこの作品を推せなかった理由は二つ。ひとつは、文章の粗さ。もうひとつは、脳チップとサイコパスの扱いがあまりにもご都合主義というか、おざなりなこと。リーダビリティは高いはずなのに、最後までどうにもノレなかった。B級エンタメとしては問題ないが、大賞受賞作としてはちょっと……と思ったものの、香山・吉野両氏が推す理由もわかる。問題点は受賞作出版までに修正されることを信じて、大賞授賞に賛同した。
 この『怪物の木こり』との決戦に敗れて優秀賞に落ち着いたのが猫吉『殺戮図式』。名古屋を舞台に、老女連続殺人事件の謎に挑む、しっかりした警察ミステリ――かと思いきや、意外なミッシング・リンクが明らかになった瞬間、思わず茫然。おお、まだこんな手があったのか。この一点だけでも大賞に推せる! と感心していると、そこから小説はさらに二転三転。ロジカルながら意表を突くプロットの転がし方も堂に入ったもので、ゲーム性のある本格ミステリとしてよくできている。問題があるとしたらペンネームとタイトルくらいだろう。一見、地味っぽくはあるものの、このミス大賞史上、最年長での受賞をウリに、ぜひ大賞に……と主張したものの、動機の問題など、いくつかの欠点を指摘され、もう一歩押し切れなかった。新たな筆名と題名で、書籍化時の捲土重来に期待したい。
『殺戮図式』に次いで大森が推したのは、越尾圭『ターミナル・ポイント』。動物診療所を営む獣医を探偵役に、ワシントン条約で規制されている希少動物の違法売買が入口となるノンストップ・サスペンス。リーダビリティが高く、達者なエンターテインメントだが、最後はまさかの方向にジャンプする。リアリティを無視したクライマックスは、評価の分かれるところだろう。
 それと同様に、ぐいぐい読ませるのが澤隆実『砂塵のサアル 血の復讐』。日本人離れしたスーパーヒーローが活躍する国際冒険小説で、小説としては粗も目立つが(とりわけ、女性キャラの扱いに問題が多い)、アクション・シーンのキレがすばらしく、その一点で高く評価した。いまの日本で、こういうタイプのストレートな冒険活劇を書く作家は珍しいので、そういう意味でも貴重。『ターミナル・ポイント』ともども、改稿を経て書籍化されることに期待したい。
 昨年の『オーパーツ 死を招く秘宝』枠(敗者復活枠)として活躍が期待された黒川慈雨『ギフト』は、二次選考であんなに盛り上がったのがウソのように、最終選考ではあっさりスルーされた。キラキラネームが事件の意外な真相ときれいに結びつく趣向はじつに鮮やかで、ミステリーとしても斬新だと思ったが、その一点だけでは受賞の壁を突破できなかった。
 朝倉雪人『ライク・ライカ』と、小塚原旬『セリヌンティウス殺人事件』は、ともに非常に魅力的な謎が中核に据えられている。前者は、日本初の有人宇宙飛行計画の最中、大気圏外で起きた密室殺人をフィーチャー。後者は、獄中でセリヌンティウスが殺された事件の犯人としてメロスが投獄され、その嫌疑を晴らすべく名探偵プラトンが乗り出す。
 どちらも、派手な趣向に見合うだけの冴えた解決があれば、大賞を受賞しただろう。岩木一麻『がん消滅の罠 完全寛解の謎』や蒼井碧『オーパーツ 死を招く秘宝』にはそれがあったが、この二作の場合は、残念ながら看板倒れ。期待させた分、がっかり度が高く、推す声が上がらなかった。最終候補に残るには一言で説明できるセールスポイントが必要だが、それひとつだけでは受賞はむずかしいということか。
 というわけで、冒頭に書いたとおり、大賞は、ぶっ飛んだ設定のおもしろさに加えて、テンポのよさと意外性のあるプロットの魅力が光る『怪物の木こり』が受賞。優秀賞は、ミッシング・リンクの冴えた真相に加えて、その後の畳みかける展開とよく考えられた仕掛けで大向こうを唸らせる『殺戮図式』という結果になった。どんな本に仕上がるか、出版を楽しみに待ちたい。

香山ニ三郎

長短ある候補作の中、今回のイチ推しこれ

 今年の最終候補作は七作。例によって読んだ順から取り上げていくと、澤隆実『砂塵のサアル 血の復讐』は表題の「復讐」が「復習」と誤記されていてのっけからズッコケたが、中身はシリアスな国際謀略活劇。ロンドンで民間軍事会社を営む海部は、大使館の一等書記官から大金を持ち逃げしてトルコ南部で失踪した元職員の女の捜索を依頼される。海部は現地に赴き調査を開始するが、シリアで暗躍するイスラム聖戦軍の襲撃にあう。
 作者はかなりの事情通らしく背景設定がいかにもリアル、活劇描写もこなれていて完成度は高かったが、主人公を日本の極左活動家を両親に持つ傭兵経験者にしたのなら、古典的な復讐ものじゃない凝ったプロットを練り上げてほしかった。このジャンルで最終に残る方々は、物語構成には問題ないのに、主人公の類型的な造形や使い古された題材がネックになるケースが多い。どうか次回は独自の活劇世界の構築を目指して頂きたい。
 朝倉雪人『ライク・ライカ』は北海道の幼馴染四人組が主人公。そのうちのひとり熊切来夏が民間企業初の女性宇宙飛行士となるが、ロケットが大気圏を突破した直後死亡。彼女は動物の殺処分に従事し、過激派環境保護団体から殺害予告が出されていたことから、その死にも他殺の疑いが出てくる。
 ミステリーとしては不可能犯罪の謎解きがメインとなり、その医科学的アプローチは興味深いが、SNSを使った語りとかありがちなライトノベル調で、四人組のちょっと屈折した青春推理劇仕立てにも既視感あり。しかし動物保護テーマなど万人受けする要素もあるので、隠し玉候補にうってつけか。
 黒川慈雨『ギフト』はホストクラブのナンバーワンがコネで小学校教師に転職する。担任となった一年スペード組は突飛な名前の子供たちばかりで彼を唖然とさせるが、やがて学校の周辺で奇妙な事件が連続し始める。その容疑者として、クラスの劣等生公人(ギフトと読みます)が浮かび上がるが……。
 生徒名を皆いわゆるキラキラネームにしたあたりからしてチャラい作風が際立っているというか、何でこんなん残したのといいたくなったが、ホストと小学校教師は相性がいいというか(笑)、次第に主人公と生徒たちの呼吸が合い始めるとページを繰る手が止まらなくなる。ミステリー的な興趣は薄いもののその人間ドラマ演出に座布団一枚進呈で、これまた隠し玉候補に推そうかと。
 猫吉『殺戮図式』は名古屋で老女が相次いで殺される事件発生。現場には将棋の駒が残されていた。世間で老婆キラーと命名されると、今度は老人男性が殺されるといったあんばいで、捜査陣はシリアルキラーに翻弄される。捜査に加わる水野優毅刑事はだが、やがて被害者の息子が襲われ未遂に終わった事件から、犯人に迫るヒントをつかむ。
 古本屋回りと将棋好きというオヤジっぽい趣味の女刑事の造形に惹かれた。そういえばそういうタイプはいなかったかなと。しかし何より驚いたのは、犯人が仕掛けた謎ゲームの真相。このジャンルのミステリーにまだこんな手があったとは! 黒幕をあぶり出す終盤は少々トーンダウンするが、六五歳という作者の年齢に相応しい話作り、トリック作りが楽しめる一篇に違いない。
 越尾圭『ターミナル・ポイント』は主人公の獣医・遠野がペットショップを営む友人の小塚が毒蛇に咬み殺された現場に直面するところから始まる。その蛇はワシントン条約で取引が規制されている種だった。遠野は東京税関に勤める小塚の妹・利香やペット誌編集者の樋口とともに真相を追い始める。
 衝撃的な出だしでつかみはOKだが、動物販売業者の闇があぶり出されていく中盤以降の展開はオーソドックス。このテーマに目をつけた着眼は買いだが、これといったヒネリ技もなく、今ひとつ推しどころに欠けるかと。ただし、こちらも読者にアピールする要素はそなえているので、隠し玉候補に。
 小塚原旬『セリヌンティウス殺人事件』は副題通り、太宰治『走れメロス』の設定を活かしたパロディというかオマージュ作品で、暴君ディオニシオス暗殺未遂の罪で捕われたメロスが妹の婚礼のため、友人のセリヌンティウスを身代りにして帰郷するが、戻ってくると彼は獄中で殺されていた!
 その謎に挑むのは哲学者プラトンというわけで、これまたツカミはOK。外国を舞台に日本人の出てこない話だが、語りは平明。古代ギリシアの知識などろくにない筆者でも楽に読めたことからして作者の筆力は太宰並み(!?)だが、太宰にもギリシアにも興味のない人にアピールする何か、もうひと工夫ほしかった。『走れメロス』だって余計な説明などなかったではないかといわれるかもしれないが、こちらはもう少し込み入った話だし。
 以上六作、いずれも長短あってイチ推しが決まらぬまま挑んだのが倉井眉介『怪物の木こり』だったが、サイコパスの弁護士が謎の覆面男に襲われるという意表を突く出だしからはまった。入院した彼が自分の頭に脳内信号を制御するチップが埋められているのを知り、その謎を追い始める展開もスリリングで、今回の大賞はこれにて決定と判断した。

吉野仁

勢いある話運びに強烈なキャラクター、みごと個性を発揮した怪作

 近年、小説新人賞の受賞者には、プロが主催する小説講座の出身者が多い。その草分けである山村正夫小説講座をはじめ、鈴木輝一郎氏の小説講座、文芸評論家の池上冬樹氏による「山形小説家・ライター講座」などがあり、優れた書き手を多く送り出している。
 とくに「予選通過はしても受賞にはいたらない」応募者へ、こうした講座の受講をすすめたい。他者の目から作品を判断され、その指摘をもとにより良く完成すべく直していく修練は、受賞への近道なのかもしれない。
 第十七回『このミステリーがすごい大賞』で最終予選に残った七作における、共通した問題も同じだろう。作家志望者が、ひとり自分の頭の中だけで書きあげようとすると、どうしても限界があり欠点が残るのだ。
 めでたく大賞受賞した倉井眉介『怪物の木こり』は、サイコ・スリラー。斧で襲いかかり、脳を奪おうとする殺人鬼が登場し、追う者と追われる者が次から次へと入れ替わる驚異の展開だ。なんといっても飽きさせない話運び、毒の強いキャラクターの描き方などにおいて、他より抜きん出ていた。勢いがあり強い個性が感じられたのだ。もちろん難点はある。とくに現実には存在しない〈脳チップ〉という飛び道具の扱いが安易すぎ。現実から離れた虚構性の強い世界だからこそ成立する物語でしかない。ちなみに作者は、本年の江戸川乱歩賞で最終候補に残った人。本選考の先生方が指摘しているとおり、その『あかね町の隣人』は、独特の世界観で読ませるものの、新味に乏しく文章が雑で冗長すぎる点などの問題が数えられた。本作『怪物の木こり』でも同様の欠点は残っているが、はるかに出来は良く、受賞作に推した次第だ。
 次に優秀賞となった猫吉『殺戮図式』は、同じくシリアルキラーものながら、老婆殺しの現場に将棋の駒が残されていたという異色作。作品の性質上、ここで肝となる部分に触れられないが、全体にオリジナリティが感じられ、ひねった展開もよく、しっかりと読ませる作品に仕上がっている。もっとも、真面目に考えるとバカバカしく思える動機だったり、女性刑事がある分野の愛好者で、しかも事件との関わりがあるなど、物語のために都合よく作られた部分があまりにも目立つのが難だった。しかし、それらの欠点を超える魅力があり、単独の優秀賞となった。
 残る五作にも触れておこう。
 澤隆実『砂塵のサアル 血の復讐』は、中東や英国を舞台にした国際冒険活劇だ。スケールが大きく、現地の状況などの詳細も書き込まれ、力量は十分発揮されている。だが、最大の欠点は主人公に魅力がないこと。恐怖や苦悩をかかえ汗や血や涙を流す生身の人間とは思えない。緊迫感なし。出張のサラリーマンが列車のなかの二、三時間で楽しむ読み捨ての娯楽小説作家を目指すならこれでいいだろう。しかし、スーパーヒーローとしてつくられた駒ではなく、しっかりした人物造形と現実感ある冒険小説を読みたいのだ。
 朝倉雪人『ライク・ライカ』は、なんと宇宙空間における密室殺人を扱ったもの。人類史上初の大気圏外の殺人事件だ。ミステリーとしての構想は面白く、作品に漂う雰囲気の良さをはじめ、読ませどころも多い。だが、肝心の真相を知ると、いくつも無理が感じられた。全体に文章や会話などがやや読みづらく、終盤におこなわれる長々とした真相説明をはじめ、まだまだ修正は必要だ。
 黒川慈雨『ギフト』は私立小学校を舞台にしたミステリー。一年生のクラス全員がキラキラネームというなか、それぞれの名前の意外な読みと意味が明らかになる幕開けである。現実をディフォルメした物語として読めば、面白さがつまっている。楽しく笑える。しかし、同じような繰り返しが続いたり、安いコントのようなやりとりだったりと、よく考えられたアイデアと安易な部分が混在しており、全体の構成がいまひとつで残念だ。
 越尾圭『ターミナル・ポイント』は希少動物をめぐるサスペンスだ。文章や会話など小説としての書きぶりはこの作品が七作中もっとも端正でうまいと感じた。動物診療所における冒頭部分も意表をつき巧み。大いに期待して読みはじめたが、こちらも人物造形がやや弱く、肝心の真相に無理が多すぎた。葉書に隠された暗号、倉庫のなかの実態など、あまりに強引すぎるし、現実味に乏しい。筆力が十分あるだけに、もったいない。リアリティにこだわり完成度を高めてほしい。
 小塚原旬『セリヌンティウス殺人事件』は、哲学者プラトンが登場する異色ギリシアもの。有名な太宰治「走れメロス」を下敷きにしながら意外なほど読ませる作品だが、キャラクターの印象が薄く、ミステリとしての意外性、ネタやトリックもつかみにくかった。せめてプラトンの思考法や人生観などを徹底的に盛り込み、それをもとに展開してあれば、より企みが生きたのではないだろうか。