第18回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 15 seconds gun ―フィフティーンセカンズガン―

『15 seconds gun ―フィフティーンセカンズガン―』

荒木孝幸(あらき・たかゆき)39歳
1979年生まれ。新潟国際情報大学中退。


第1部
第1章「謎の拳銃」

大学から帰宅した永岡アキラが玄関のドアを開けると、家の中は薄暗く重たい空気が漂っていた。2年前に起きたある出来事が、今もこの家族に暗い影を落としている。
「お帰りなさい、アキラ。」
母・雪江が玄関を上がってすぐのリビングから出迎える。雪江も以前は明るく笑顔の絶えない人だったが、今はそれも影を潜めている。
「ただいま。」
アキラはそれだけ言うと、階段を上って2階の自分の部屋へと入った。
持っていたアタッシュケースを机の上に置くと、中からパソコンを取り出そうとふたを開けた。
するとアキラは驚く。
「何だ…これ?」
アタッシュケースの中には拳銃があった。
アキラはふと、先ほど電車の中で隣に座っていた男が、同じようなアタッシュケースを持っていたことを思い出した。
「取り違えてしまったんだ。」
にしても、まさか拳銃が入っているなんて…。アキラは驚きながらも、拳銃に顔を近づけてじっくりと見た。黒色で鈍く光っているが拳銃の前方、筒の部分には凸文字でこう記されていた。
―― 15 seconds gun ――
「フィフティーン セカンズ ガン?……15秒銃?…どういう意味だ?」
さらにその文字の後方には、5ミリ程のガラス玉のような半球体がついていて、その上には小さな文字で「limit」とあった。
「これはランプだろうか。limitは限度って意味だよな。弾がなくなったらこれが光って知らせるってことか?」
拳銃はスライド式である。このスライドを引くことで安全装置が解除され、引き金を引けば銃弾が発射される、ということだろう。
アキラは恐る恐る15セカンズガンを手に取ると、拳銃はひんやりと冷たくズシリと重かった。
「これ本物なのか。ならば、これで人を殺せるのか…。」
そうつぶやいた瞬間、アキラの脳裏に一人の男の顔が浮かんだ。と同時に、胸の奥に抑え込んでいたその男への激しい憎悪が、殺意としてわき上がってくる。
「これはあの男を殺すために、神様がくれたプレゼントなのかもしれない…。」
アキラは黒目を光らせながら静かに笑みを浮かべた。

次の日、アキラは両親と少し遅めの朝食をとっていた。
今日は日曜日、ダイニングキッチンには平日の朝より緩やかな時間が流れ、トーストの焼ける香ばしい匂いとベーコンエッグの甘くしょっぱい匂いが充満していた。
「アキラの2枚目、もう焼いちゃうわね。」
アキラがトーストの半分を食べたのを見ると、母・雪江はそう言った。
「いや、今日はこれでいいや。」
「え?いつも3枚は食べるのに…。どこか体の具合でも悪いの?」
「そういうわけじゃないよ、大丈夫。」
この日、アキラは食欲がわいてこない。これから人を殺しに行こうというのだから無理もないだろう。
父も母もこれから息子が人殺しに行くなんてもちろん夢にも思っていない。もし知ったら、どんなにショックを受けるだろうか。
残りのトーストを宙で止めながら、アキラはそんなことを思った。
だが、その殺そうとしている標的があの男だと知ったら…。両親もきっと理解してくれるはず…。そう思うことにした。
再びトーストを口に運ぶと、テレビではニュースが始まった。
『おはようございます。5月20日午前8時になりました。今朝のニュースをお伝えします。昨夜、新潟県三条市の飲食店で客の男と従業員が口論となり、逆上した客の男が従業員や偶然居合わせた別の客たちを持っていた刃物で次々と切り付け、4人が死亡、1人が意識不明の重体となる事件がありました。犯人の男は現在も逃亡中です。』
「今朝はテレビも新聞もこの事件一色だな。」
父・恭一郎は、朝食が並ぶテーブルの隅に置かれた朝刊に目をやりながらそう言った。
事件の犯人は柳田竜也、37歳。従業員ともみ合った際に自らの財布を現場に落としていったらしく、その財布に入っていた免許証から身元が判明した。
顔写真や身体的特徴、さらに左の胸元に竜の入れ墨があることをニュースは伝えていた。
そして犯人の潜伏が想定されるエリア内に、アキラたちが住む新潟市も含まれていることを知ると、雪江は心配そうにこう言った。
「嫌だわ、怖いわねえ。アキラ、怪しい人を見かけても、変な正義感であとをつけたりするんじゃないわよ。お父さんとお母さんには、もうアキラしかいないんだからね。」
「わかってるよ。そんなことしないから。」
実際、アキラにはそんな事件の犯人のことなど、どうでもよかった。頭の中は、これから殺しに行く男のことでいっぱいだ。
午前9時過ぎ、両親には「彼女とデートに行って来る」と告げて、アキラは家を出た。胸の内ポケットには15セカンズガンを忍ばせてある。それもあって、道を歩きながらアキラはいつになく緊張していた。
標的である男の家までは歩いて20分。だが、出発して5分も経たないうちに、アキラの心は揺れていた。
あの男を殺すことには何のためらいもない。だがあの男を殺すことで、自分が警察に捕まるようなことにでもなってしまったら…。それを思うと足取りが重くなった。
『お父さんとお母さんには、もうアキラしかいないんだからね。』
先ほど、母が言っていた言葉がよみがえる。
自分が殺人罪で逮捕されたら、残された両親はどうなるのだろう。それに、自分自身の人生も棒に振ってしまうことになる。そんなことを考えていると決心が揺らいだ。
そうこうしていると、10m先にある青信号がパカパカと点滅を始めたが、アキラは急いで渡ろうとはせず赤信号で止まった。このまま突き進んでいくより、一度立ち止まってみたかった。
「フウーッ」と深く息を吐きながら空を見上げる。
――いったいどうしたらいいんだ?
考えても答えは出ない。
ふと、車道を挟んだ向こう側の遊歩道に目をやると、サングラスにマスクをつけたいかにも怪しい感じの男が立っていた。
――もしかしたら、さっきニュースでやっていた逃亡中の殺人犯か?だが、それにしてはわかりやす過ぎる。あれじゃ、「いかにも私が逃亡中の犯人です。」と言っているようなものじゃないか。俺が犯人でも、あんなにわかりやすくはしない。
そんなことを思っていると信号は青に変わり、アキラは横断歩道を歩き始める。
怪しげな男もまた、一歩ずつこちらへ向かってくる。二人の間の距離がだんだんと縮まっていき、アキラの鼓動は早くなった。
そして、すれ違う瞬間だった。男が着ている白いワイシャツの胸元がめくれ、その下から真っ黒な竜の入れ墨が見えた。
――ニュースで言っていたのと同じだ!
平然を装いつつ横断歩道を渡り終えると、アキラはズボンのポケットから携帯電話を取り出した。警察に連絡しようとしたのだが、携帯の画面は「充電切れ」を告げるとすぐに暗くなった。
アキラは普段あまり携帯電話を使わない。そのため充電するのをよく忘れてしまう。
「仕方ない。あとをつけるか。」
振り向くと、青信号がパカパカと点滅を始めていた。アキラは急ぎ足で、今渡り終えたばかりの横断歩道を戻ると尾行を始めた。
入れ墨の男のあとをつけながら、どこかに公衆電話はないかと探すがなかなか見つからない。近年、公衆電話の数が少なくなっているのは知っていたが、まさかここまでないとは…。
そんなことを思いながら、アキラが尾行を始めてから3分ほど経った頃だった。男は大通りから小さな路地へと入っていった。アキラもあとを追って小さな路地に入っていく。
すると男は、さらに小さな路地へと曲がっていった。そこはこの街で生まれ育ったアキラでも、行ったことのない場所だった。
――あんな所に、何の用があるんだろう?
そう思いながらアキラも路地を曲がると、そこに男の姿はなかった。
「どこ行った、あの男?。」
まるで消えたかのように突如として姿の見えなくなった男に、戸惑いながらアキラはその場に立ち止まった。
さっきまでいた大通りとは違い、人気のない路地は静かで道の端にある錆びついた自販機のモーター音だけが寂しく聞こえていた。
少し躊躇しながらもアキラは再び歩き始めたが、数歩行ったところで足を止めた。
「あんまり深入りしない方がいい。この辺でやめておいた方がいいのか…?」
そう呟いた次の瞬間だった。アキラは後ろから太い腕に羽交い締めにされると、ナイフを首もとに突き付けられた。
――しまった!
そう思ったがもう遅い。入れ墨の男はアキラの尾行に気づいて、自販機裏に隠れて待ち伏せていたのだろう。
首もとで感じるひんやりと硬いナイフの感触に、アキラは肝を冷やしながら唾を呑みこむことさえ躊躇した。
「お前、警察か?」
男は、低く野太い声で聞いてきた。

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