第18回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み イベントホライズン

『イベントホライズン』

石澤明(いしざわ・あきら)52歳
1967年生まれ。証券会社、メーカーへの二度の転職を経て現在情報通信会社に在職中。


プロローグ

 深夜、とっても深い、夜の底。
 わたしはふいに一人目覚める。
 というか、寝呆けたまま起き上がる。
 うん、目は醒めていないかも・・・。

家はしんと静まりかえり冷蔵のコンデンサーがぶううううん、と鳴るのをほかの家具たちが硬く跳ね返す。

 うるさいよ。って。

 うん、うるさい。
 すごく、うるさいもん。

 なのに、跳ね返ってきたその響きに体が素直に反応して、頭の芯までスッキリ覚醒して、ベッドから起きだして月明りで薄明るいベランダにでてみた。

聞こえる。
聞こえる、のかな?
音?
おとじゃなくて。

何が?

どこから?

・・・遠くから。

街が響かせるちいさなノイズの塊かな。
ぜんぜん違う。
それとも、遠くを走る車がアスファルトを振動させる音。
とか、
何処かの何かの工場の機械がきしませる少しだけ油分が足りないギアの音。
とか、
 処理された排煙が狭められた煙突に静かに抵抗しながら吹き上がる音。
 違う。

 海、川、流れ、波?
 ・・・ちがうわない?

 粒、粒子、素粒子?
 りゅうし、りょうし。

粒だつ
ふつふつ
つぶつぶ
・・・でも、それじゃない。

 それは、とんでくる。
 まっすぐに。
 とても遠いところからだけど,減衰することなくはっきりとくっきりとした輪郭で。

 いる。

 いることははっきりとしているのに捉えることがどうしてだかできない。

 もどかしい。

 でもわかる。

 粒粒と粒立ち
 淡淡と纏わりつき
 そしてうなじからしゅわりと浸透してくる。
 浸透してくるのは分かるのに、自分の体の中には受容する器官がない。
 かんじない。
 かんじらんない。

 そうじゃなくて。
 ぜんぜん、そうじゃなくてさ。

 感じているって、身体は主張している。
 体が何かを主張しているの、わかる。
 でも、なんで?
 つかまらない。
 だから、留まることなくそのままどこかに逃げてしまう
 捕まえたいのに。
 触れたいのに。

 それが何か、知りたいのに。
 とてもとても、知りたいのに。
 見たことのないものが、それが一体どんなものか、どうして私に話しかけてこようとするのか、一生懸命想像して、姿を思い浮かべて、理由を探して、像を結ぼうとして。
 そして、知ってほしいのに。
 わたしはここにいる、って。
 触れてほしい、って。

 懐かしくて、切なくて、どうしてよいのか、捕まえきれない思いにはらりはらりと涙が落ちる。
 
 涙が落ちる

ボーイミーツガール

「おトノサマ様へのお届けモノ」と、ちよみ婆ちゃんが言う仕事はタカにとってワクワクするものだった。首都(セントラル)への仕事ははじめてではないが今回はいつものようにサクヤさんとずっとべったり一緒ではなく佐久弥さんのお伴が終わった後は単独でのワンガン探索を任された。
 ワンガン!
 外国からいろんなモノが流れ込んでくるカオスでヤバい街。
 この国であって、この国でない、異界。
 アツいね。

 ワンガン
 三十年前の国際的スポーツ祭典のおしまいの時に起きたシナガウ火力発電所爆破テロによって文字通り焦土と化した土地の上に、いつのまにか築かれていた新しい世界。

 発電所爆破による火災は燃料供給路のパイプラインをつたって周辺地域を巻き込み何日間も燃え続け、人間には永遠に消せないのではないかと絶望したというほどのまさに地獄の業火に焼き尽くされ、もぐらたたきのようにあちこちに出現する飛び火も含めて完全に鎮火できたのは数か月後だった言うほどの呪われた土地。
 シナガウ業火の結果、この国最大の海外からの物流拠点であったコンテナ埠頭も国際空港も壊滅し、テレビ局も倉庫も高速道路も橋も悉く灰燼に帰した。

文字通りの焼け野原。
第二次世界分断戦争以来、何十年ぶりかの焼け野原。

 未曽有のテロ後、国は復興よりも「強硬なテロ対策」に腐心し、呪われた土地はそのまま遺棄された。

 ところが汚染され遺棄されたはずの土地にはいつしか人々が侵入し、どこからか重機が持ちこまれ、どうやってか電気が供給され、少しずつ街が形成され、いやますっかり異国人街と化し、様々な国からの人、モノ、カネ、それにそのほかの、なんだかよくわからない、とにかくいろんなもんが流れ込んでくるこの国の異界と化した。

ちよみ婆ちゃんの言い方に倣えばそこは「出島」みたいなものだ。
この国であってこの国ではない。
そう、つまり「異世界」。
 
 で、更にそんな感じの古い言い方に倣うと、おエドのお殿様のお住まいは、今やチヲダではなくヤマノテだ。
 見えるものも見えないものも含んであらゆる手段で築かれた「城壁市(フォートレスシティ)」の中でこの国の支配層は暮している。
そこは「強硬なテロ対策」を最優先課題として莫大な国家予算がつぎ込まれた研究成果である最先端の防衛テクノロジーの城だ。
 だからこそちよみ婆ちゃんたちの世代はそいつらを「トノサマ達」と皮肉って言う。
 オカミが西に去った後のこの国の一応の首都の一応の支配層、という意味だ。
政治家と、形骸化した任用試験のため数世代前から事実上世襲が当然となっている官僚達と数少ない純血企業の経営者というセレブリティ、の世界。
 もちろんちよみ婆ちゃん達が若かったころにも殿様なんてもんはもはや存在していない。だからそれは古い時代劇(コスチュームプレイ)やラクゴ(座布団話芸)みたいな超古典芸能の中に出てくるなんかちょっと足りなくて、御伴無しには城から外に出ることのないお坊ちゃま(サンマハマグロニカギル、とかいうやつ)というニュアンスなのだろう、とタカは解釈する。
 
 トノサマ達はワンガンから流入する海外からの食料や、合法移民・準国民・混血たちが州内近郊農業で生産する作物には一切手を付けず他州が産出する「純国産品」のみを独自のルートで多大なコストをかけて手に入れる。

 タカの産まれた中部州の産出物は国内だけではなく世界のあらゆる場所からの引き合いがある高付加価値商品ばかりだが金に糸目をつけないトノサマ達はとりわけ上顧客だ。
そして上顧客という奴らは時折過剰なサービスを当たり前に要求する。
 それが今回のタカの仕事「お酒の配達」だ。
 コンニチワミカワヤデスマイドアリ
 トノサマ達はオカミに献上する御料酒を自分たちにも納品せよと望む。
それ自体は別に構わない。御料酒とはいえ、売り物だ。
しかし畏れ多くも清らかであるべきものなのだから、機械輸送に任せずにお前たちが手ずから納品してこい、という。
その上、彼らの儀式に付き合えという。
 儀式? それなんぞや。
オカミに献上するのであればカミサマへの供物となるのだから、それもわかるがなぜ奴らにそこまでしなければいけないのか、だいたい今年の新酒を納品するというだけなのに「儀式」とは一体何なのだ?という疑問はあるが、お陰で怪しくも魅惑的なワンガンに初めて行けるのだからヨシとしようとタカは思う。

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