第18回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み テトリス・ペレストロイカ

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 密航者の発見により、積み降ろし作業は普段以上に時間がかかる。コンテナ・トレーラーを見送ったあとで、事務所に戻ると誰もいなかった。
 ――あの娘、ここに運んだのでは?
 駄菓子屋を覗いてみれば、エプロン姿の虎蔵が大きな身体を縮こまらせて、狭いレジカウンターに収まっていた。
「どうなっている?」
「麗にも娘のこと知らせたんや。そしたら私が世話するいうてな。わいが二階の休憩室まで運んで交代して。で、この有様や」
 亮は虎蔵とひそひそ声で話す。
 店内には客として小学生三人がいる。誰もが野球帽の鍔下で瞳を輝かせて、今朝入荷したばかりの袋入り特撮ヒーローカードを選んでいた。
「これちょうだい」
「ほいな。二〇円の三つやね。六〇万円や」
 駆け寄ってきた子供が、袋入りカードをカウンターに置く。虎蔵に駄菓子屋を任せて、亮は事務室へと戻った。
「麗、娘の様子はどうだ?」
 階段をのぼりながら声をかける。靴を脱いでから畳敷きの休憩室にあがると、密航の娘が布団で寝ていた。
 壁のフックには静注用バッグが引っかけられて、点滴が打たれている。
「手間かけさせたようだ。どうだ、容態は?」
「大して痩せていないし、せいぜい二、三日ぐらいの飲まず食わずかな? 脱水症状がでていたから、点滴は念のため。血圧はもう正常の範囲よ。それよりも、よくわからない素性の子って本当?」
 娘が狸寝入りしている可能性もあり得た。亮は念のために麗を廊下へ連れだしてから、知っている限りのすべてを伝える。
「コンテナの出所からいって、アメリカからなんでしょうけれど……。あの子、ロシア人っぽいのよね」
 麗は看護に必要な品を買い求めるためにでかけていく。亮は休憩室に戻り、胡座をかいて壁へと寄りかかった。
 ――確かにスラヴ系っぽい。だからといってソビエトのロシア人とは限らないが。
 亮は娘を見張りながら考える。
 亮が経営者なのは名目上に過ぎず、双六通商は実質的にNSA日本支部の末端組織だ。ゲーム筐体を中心とした中古品の輸出入や駄菓子屋経営は、世間に紛れこむための隠れ蓑でしかない。玩具箱ネットの運営によって、日本における危険情報の収集が主な任務である。上から命じられれば、大手BBSでの情報操作や企業端末のクラッキングを遂行するものの、非常に稀な雑務に過ぎなかった。
 またNSAが手引きする日本国への密航の大半は、米軍基地の航空輸送ルートが使われている。コンテナによる海上密航ルートの利用は、特殊な事情があるときだけだ。
 ――どうしてばれたんだ? しかもこんな小娘に。
 亮が呻ると、それまでほとんど動かなかった娘が寝返りを打つ。点滴のチューブが絡みそうなので針が刺さる左前腕を掴んだとき、娘が「パーパ」と呟いて頬に涙を伝わせる。
 前触れなく娘の瞼が開かれて、亮は目が合った。すぐに娘の視線が彼女自身の左腕へと注がれた。
「敵じゃな――」
 事情を伝えようとしたが間に合わず、先に娘の右拳が亮の顔面に飛んでくる。避ける亮だが、それによって静注用バッグが落ちて畳へと転がった。卓がひっくり返って、湯飲みや急須が宙に舞う。
「やめろ、これが見えないのか?」
 亮は噛みつかれた左腕の痛みに耐えながら、娘の点滴針を抜いた。顔前にかざすとようやく理解してくれて、彼女の抵抗は鎮まる。
 しかし警戒は解かれることなく、娘から距離をとられた。休憩室の片隅で掛け布団を被り、隙間から覗かせた片目で亮は睨みつけられる。
 ――せめて事情は訊きださないと、上に報告もできやしない。
 英語で問いかけても、娘から答えは返ってこなかった。試しにロシア語も使ってみたが、態度は変わらない。
「これは一体、どういう状況?」
 レジ袋と紙袋をぶら下げて戻ってきた麗が、腰に手を当てながら呆れていた。酷い有様になった顛末を亮が説明したところ、ため息をつかれる。
 麗が英語で「どうしてコンテナにいたの?」と問うと、娘が初めて言葉を発した。外国人の容姿からは想像できない流暢な日本語で「ここは横浜なの?」と。
 ――俺のときは無視しやがったくせに。
 娘の態度が鼻につくものの、亮はいいたいことを腹の奥へと呑みこんだ。
「なら、日本語で話させてもらう。そう、ここは日本の横浜のすぐ近く。私は藤本麗。あなたの名前を教えてもらえる?」
 麗の問いかけに、娘はかなりの間を置いてから口を開く。「名前もそうだけど、打ち明けられるのは一人だけなの」と。
「探すの協力してあげる。どんな人?」
 麗が続けて訊いたところ、娘は「苗字はアラカワ。でも別の偽名を使っているかも知れない」と囁くように話す。
「もしかして俺?」
 亮は名前すら伝えていないことに気づき、財布から取りだした運転免許証を娘に見せる。
「それだけ喋れるなら読めると思うが。俺が荒川亮だ」
「あなたが『亮』なの? 私の名はラウラ・スミルノフ・ボリスラーヴォヴナ。しばらくの間、アラカワに匿ってもらうようにって、CIAに務めている父からいわれたの」
「その父称……もしかしてボリスラーフが、君の父親なのか?」
 ラウラに「そうだ」といわれて、亮は困惑した。
 ――待ってくれ。どうしてこうなる。
 亮はもう一度、よくよくラウラを眺める。先程までの不機嫌で攻撃的な態度はまるでなかったのように、彼女は晴れやかな笑顔を浮かべていた。

つづく

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