第18回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み テトリス・ペレストロイカ

  第一章

     1

 蛍光灯が照らす店内に、電子音が響いている。
 壁に沿って置かれた木製棚には、様々な駄菓子が並ぶ。板敷きの床中央には、テーブル型のゲーム筐体三台が鎮座していた。
 そのうちの一台に向かっていたのは、三十路間近の男性である。
 パイプ丸椅子に腰かけていた荒川亮は、袖捲りの左腕でジョイスティックを動かす。段ボール箱製の照明避けで覆われたCRTディスプレイ上では、カラフルなモンスターたちが駆け巡っていた。
 レジカウンター内にいた女性、藤本麗《ふじもとれい》が頬杖をつきながら欠伸を一つ。しばらくして立ちあがり、亮の対面にあった丸椅子へと腰を降ろす。そして照明避けに空けられていた覗き穴へと顔を近づけた。
「店長、この丸くて黄色いの、パックマンでしたっけ? ホント好きですね」
 麗からの声かけに、店長と呼ばれた亮は上半身をわずかに起こした。
 ――あきれているな。こりゃ。
 照明避けの内側から眺められたのは、麗の瞳と眉のみだ。それでも表情ぐらいは読み取れる。
「パックマンって俺たちみたいだろ。こっそり逃げ回りながらドットを集めるところとか。そんな自虐さに惹かれるのさ」
「店長の特殊な性癖、いえ、趣向はこの際どうでもいいんです。今でも売上《インカム》があるんで、これを退かせなんていっていません。ですが他のは新しいゲームにしてもらえませんか? 子供らにぼやかれるのは私なんですから」
 亮の軽口は、ワンレンの前髪を手櫛で整える麗の強い口調によって蹴散らされた。
 クリアの画面切り替え時、亮は椅子に座ったまま背筋を伸ばす。丸椅子から立ちあがった麗が、縒れたエプロンを掌で撫でる。
「学校の下校時間まで、あと一時間ぐらいですか。それまでに書類整理を終わらせておきます」
 壁掛け時計を眺めながら麗が口にした書類整理とは、社内で使われている符牒の一つだ。駄菓子屋も営む有限会社〝双六通商《すごろくつうしょう》〟には、いくつもの顔があった。
 レジカウンター内に戻った麗が、パソコンを起動させた。途中でゲームを切りあげた亮は、彼女に近づいて作業を見守る。
 パソコン通信用ホストとの接続が完了し、マクロプログラムによって画面上に文字列が転送されていた。それらは草の根BBS〝玩具箱ネット〟に書き込まれた掲示板やチャットのテキストコピーだ。表向きには亮個人の道楽になっているが、実質的に双六通商が運営している。
 縦スクロールする画面上で、設定済みのキーワードに引っかかっていく〝薔薇の詩〟や〝腹腹時計〟といった犯罪を想起させる単語が、赤文字で強調されていた。爆弾製造の資料や違法な薬物を示す隠語も。それらに目を通してまとめておくのが、双六通商においての書類整理である。
 亮が十円玉をカウンターに置いたとき、野外から排気音が響く。まるでタイミングを合わせたかのように事務所と繋がる扉が開いて、いがぐり頭が迫りだしてきた。
「コンテナ・トレーラー、来たようや。先に裏、回っておくで」
 社員の井口虎蔵《いぐちとらぞう》は、前屈みの姿勢を崩そうとはしない。身長一九〇センチメートル強の彼にとって、扉枠は日常に潜む罠に他ならなかった。
「俺もすぐいくから、フォークリフトの用意を頼む」
「わかったで。はよ来てな」
 亮の返事を聞いた虎蔵が、後ろ歩きで事務室へと戻っていく。
「んじゃ、ここはよろしく」
 棚から取ったチョコ棒を食べきった亮は、麗に一言かけてから虎蔵を追う。事務室の椅子にかけてあった作業服に袖を通し、奥の扉を通り抜ける。
 鉄骨梁からぶら下がる水銀灯が照らしていたのは、色取り取りのアーケード用ゲーム筐体だ。双六通商は業務の一つとして、日本国内で不人気になった中古ゲームを米国へと輸出していた。
 壁際にいた虎蔵がスイッチを押して、電動シャッターが動きだす。亮はあがりきらないうちに潜り抜けて、先に裏庭へとでる。
「ご苦労様」
 まずはコンテナ・トレーラーからおりてきた運転手の辰尾と挨拶を交わした。灰色の帽子を脱いだ辰尾は、いつものように笑顔を浮かべていた。
 亮は工具で金属製シールを切断し、海上コンテナの扉を開く。契約上、運転手が積み卸しを手伝うことはない。米国から遙々輸入した品々は数十の木箱に収まっていた。
 コンテナ・スロープを設置してから、フォークリフトによる本格的な荷下ろしが始まる。
 ――この季節なら、まだ熱の心配はいらないと思うが。
 亮がおろされたばかりの木箱の隙間へと鉄梃《バール》を差しこんで、蓋を剥がしていく。収まっていたのは中古のジーンズや洋楽レコードだ。自社で扱うのではなく、専門業者に転売予定の仕入れ品である。
 やがてコンテナ内の木箱をすべて出し終えた。次は木枠梱包済みのゲーム筐体を積みこむ手筈になっていたのだが、虎蔵がフォークリフトから飛びおりて作業を放りだす。
「ちょいとええか?」
 足早に近づいてきた虎蔵が亮の耳元で囁いた。「隠し部屋の通風装置《ベンチレーター》が動いとるで。それと非常食の木箱も開けられておるんやけど」と。
 亮にNSA日本支部の担当官から密航の仲介を指示された覚えはなかった。
「辰尾さん、言付かっていませんか?」
「いえ、何も。どうかされたので」
「いるようなんですよ、例の空間に」
「そんなはずが――」
 亮は辰尾と小声で話しながら、コンテナを見あげる。
 ――密航者の手引きをするなら、辰尾さんは知っているはず……罠か? いや、そう決めつけるのは早計か。
 亮は指で頬をかく。辰尾が働いてる飛魚港運もNSA日本支部との関わりがあって、双六通商とは持ちつ持たれつの関係だ。双方に知らされていない移送計画があるとは考えにくい。
 亮はスロープ上を歩いて、コンテナ内にあがる。虎蔵と一緒に足音を立てないよう注意しながら奥へと進んだ。
 このコンテナの通風装置は一般的なものよりも広く空間がとられていて、そこに人が隠れられる構造になっていた。
 ――銃とかはやめてくれよ。危ないのは勘弁だ。
 遮蔽壁のプレートを外して、角枠窓を覗きこむ。懐中電灯が灯っていたものの、マジックミラー越しに眺める隠し部屋内は薄暗い。食べ終わった非常食の容器やペットボトルといったゴミの山に埋もれて、床に誰かが寝転んでいた。
「中にいる者。床に座って、両手を頭よりも上に挙げろ」
 日本語に続いて英語でも警告したが、密航者からの返事はなかった。
 虎蔵が遮蔽壁の把手を倒した瞬間に隠し扉が開く。熱気と異臭に襲われながら、亮は隠し部屋へと飛びこんだ。
 亮は俯せの密航者の背中に乗りながら、掴んだ右腕を後ろ手に回す。乱れ髪がかぶさっている横顔を眺めて、初めて白人の娘だと気づいた。触れている背中は生温かくて、生きていることがわかる。
「言葉、わからないのか? おい!」
 亮が手の甲で頬を叩いても反応はない。クッションに頭部を沈ませている娘の瞳は、虚ろなままだ。
「虎蔵、そこの敷布でくるんでから社内に運んでくれ。この熱気の中にずっといたんだ。おそらくは脱水症状だろう」
「わかったで。任せておき」
 亮は正体不明の娘を虎蔵に託す。自らはコンテナをでて、辰尾に近づいた。
「よくわからない状況でして。このことは内密にして欲しいんですが」
「お客様の荷に干渉しないのが、海上コンテナを扱う運転手の役目です。私は何も見ていませんし、知りませんよ」
 亮は普段と変わらない態度の辰尾から、クリップボードを手渡される。
 ――東京都大田区大森北……、有限会社双六通商。やはり我が社に宛てられた荷物で間違いない。密航者を手引きする際の隠しサインは見当たらないか。
 亮は受け取りの書類にあった項目を一つ一つ丁寧に確認した。その上で一九九○年五月八日の日付と自身のサインを記す。
「なんだこれは?」
 隠し部屋を片付ける際に、ゴミ山の中からキャリアケースが見つかる。その後は亮だけで、輸出用ゲーム筐体の積みこみ作業をおこなったのだった。

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